ヘヴンズ・レター
終章
大人が子供に教えなければいけないものはなんだろう。
教育?
常識?
人付き合い?
「河目先生、原稿取りに来ましたー。」
「あ、お疲れ様です。」
「先生、デビュー作がまた増刷になりましたよ!」
「……え、本当ですか…!?」
「はい!夢を追う少年…。
少年が大人と子供の狭間にいるって感じがリアルで何回読んでも良いです!
やっぱり子供には夢を持ってほしいですよね!」
「…そうですね。
……俺も、そう思います。」
俺は、夢だと思う。
デビュー作『夢を追う少年』の主人公は、
視力が弱く、ほぼ盲目の少年だ。
その代わり、人の心の温度を見ることができる。
見た目の美醜も、口先だけの言葉も、少年には関係ない。
ただ、相手の心の暖かさだけを見て、憧れに向かっていく話。
…短い間だったが、何年か前、よく一緒にいた少年に読んでもらえたらいいと思った。
少年というには大人びていたが、今頃どうしているだろう。
あれから、事情があって不登校だった少年から、『学校に行くことにした』と連絡をもらった。
『頑張れ』と送ろうか迷ったが、どこか無責任な気がして。
結局、『何かあれば連絡しろよ』とありきたりな返事をしてから、今日まで連絡はない。
既読はついているし、便りがないのはなんとやら。
俺のスマホには、まだ勝手に入れられたGPSのアプリが入ったままだったが、開く機会はなかった。
児童文学作家になったのにボロアパートにいつまでも住むのも忍びなかったので、半年前、近くのアパートに引っ越した。
結局安い賃貸ではあるが、前より壁が厚くなったし、ワンルームから1DKにランクアップしている。
前より広くなったけれど、必要最低限の物しか買わない俺の部屋は、結局殺風景で。
あの少年が入り浸っていた、狭いワンルームの面影を残したままだった。
「あ、そうだ。先生、実は私来月から急遽担当はずされちゃって…。」
「え、そうなんですか…。」
「寿退社とか産休とかいろいろタイミング被って人手不足なんです…。
で、新しく担当になる子に今日挨拶に来てもらうので!もうちょっとしたら来ると思います。」
なるほど、人手不足で今まで以上に担当作家が増えるのか…。
仕方がないこととはいえ、アドバイスがしっかりした担当だったので、担当でなくなるのは少し残念に思う。
新しい人と、馬が合うといいのだが。
「…そりゃまた急な…。」
「すみません~!でもでも、暫くは私も同席しますし…。
あ、新人とはいえ上からの要望でもあって期待の新人なので、安心してくださいっ!」
申し訳なさそうに両手を合わせる担当に苦笑いを浮かべる。
別に彼女の所為ではないのだし、謝ることはないのだが。
しかし、新人作家に新人の担当編集をつけるとは、なかなか思い切った人事だ。
期待されていないのか、はたまた上からの要望ということは即戦力になるような人ではあるのか。
ピンポーンと来訪者を告げるチャイムが鳴って、
我が家を勝手知ったる担当がインターホンを確認しに行く。
時間的に、その新しい担当かもしれない。
「はーい。あ、来たみたいなので連れてきますねー!」
そう言って玄関へと姿を消す。
知らない人と会うのは、まだ少し緊張する。
作家になったからって、人間が変わるわけじゃない。
ただ名前の前に肩書がついただけ。
人見知りは多分、一生治らないだろう。
少しソワソワしながら、玄関の方を向いて待った。
「先生、お待たせしました。」
先ほどの担当が後ろに人を連れて戻ってきた。
身長が同じくらいからか、陰に隠れて姿が見えない。
「じゃ、自己紹介してね。」
そう言って、前にいた担当が横にずれた。
中性的な顔立ちに、薄い髪色。
どこか見覚えのある、人懐っこい笑み。
「はい。初めまして、スカイデザート出版の天砂です。」
記憶にある声より、少し低い。
けど、確かに面影のある姿。
俺は目を見開いて、名前を復唱する。
「…え…、天砂…、って……。」
「あ、気づいちゃいました?
そうなんです!彼、実は社長の息子さんで…。」
違う。
俺が言いたかったのはそっちの天砂じゃない。
プルルルル…。
機械音が鳴り、担当が「ちょっとすみません。」と、スマホを片手に部屋を出ていく。
その姿を視界の端で捉えながらも、目の前の青年から目が離せなかった。
「…か、…和織……?だよ、な…?」
確信があるはずなのに、自信のなさそうな掠れた声が出た。
記憶とかすかに違う姿。
背も伸びて大人びた姿に、成長と、それだけ年月が経ったのだと実感する。
青年は俺の声が聞こえなかったのか、何事もなく口を開いた。
「僕、先生のファンなんです。
サインお願いできたりしますか?」
「あ、ああ…。」
鞄から取り出された『夢を追う少年』を受け取り、
近くにあったペンを手に取る。
見間違い?
そんなわけない。
天砂なんて珍しい苗字も、なかなかいない。
「…高校生の頃から、憧れてたんです。」
……高校生の頃から?
何年も前から小説は書いていたが、出版社以外に公開したことはない。
俺の小説が製本されて、まだ1年未満だ。
それを大卒であろう編集者が、高校生からのファン?
明らかに年代が合わない。
書こうと近づけていた本から顔を離し、青年を凝視する。
俺の視線に気づき、青年はどこか見覚えのある表情を見せた。
それは意地悪を思いついた子供のようで、頭の中で思い出がフラッシュバックする。
「これからよろしくお願いしますね、"おじさん"。」
終章
「おじさん、ここ誤字。」
「ぐ…。」
「しばらく見ない間にデジタル化しちゃって。
前より字、下手になっちゃったんじゃない?」
ずけずけと物を言う編集者は、俺のノートや原稿を眺める。
確かに、ここ最近手書きで文章を書くのはほんの少し。
原稿は必ずパソコンで打ち込んでいる。
「あの、天砂さん…?」
「なんですかー。」
「もしかして俺、コネでデビューした…?」
デビューのいきさつは、あるコンテストだった。
そのコンテストで受賞したわけではない。
なんなら一次で落選した。
にも関わらず、編集者から連絡が届いたのだ。
『ジャンルを変えて挑戦しませんか?』と。
その時、俺が書いていたのは文学小説だったのだが、
担当から提示されたジャンルは児童文学だった。
試しに数か月取り組んで書いたものは絶賛され、
ぜひ持ち込みに来てほしいと言われた。
招かれた先はなんの因果かスカイデザート出版。
気付けば書籍化の話が上がり、作家としてデビューするに至った。
今思えば、トントン拍子に話が進みすぎている。
まさか、社長や和織の推薦があってコネだったりするのだろうか。
そんな不安を抱えて和織を見れば、随分と不機嫌な顔で返された。
「は?そんな不正するわけないでしょ。」
「だ、だよなぁ…。」
「おすすめの作家がいるとは伝えたけど。」
「コネじゃねぇか!!!」
安心したのも束の間、和織にツッコミを入れれば、
いつの日かのように唇を尖らせた。
「違うよ。僕は埋もれてた芽を見えるようにしただけ。
その後の評価には、僕も社長も口出ししてないよ。
現に高梨さんに気に入られたんでしょ?」
前の担当者の名前を出されて、押し黙る。
確かに。
彼女は「このままじゃもったいない!」と思って、連絡をくれたらしかった。
そうか、コネではないのか。
嬉しくて思わず頬が緩む。
俺の文章のなにかしらが、彼女に伝わったのだ。
「ま、最初に見つけたのは僕だけどね。」
「ああ、『ヘヴンズ・レター』な。」
ありえないことをしていたよな、と振り返る。
あれは和織の能力なしでは成立しないだろう。
とはいえ、手紙で救われた人がいるのも、また、事実。
作家デビューの際には過去の依頼人から「おめでとうございます。」と連絡がきたくらいだ。
連絡先に入ったままだったとしても、忘れるどころか、
わざわざ連絡をくれたのは素直に嬉しかった。
「ね、またやろうよ。」
「…え。」
「営業再開ー!」
「おい、ちょ…。」
連絡がなくなってから、ホームページは非公開になっていたはず。
和織の手にあるスマホには、ホームページが表示されている。
まさか。
「さーて、依頼くるかなー。」
作家デビューした俺の人生は、まだまだ安定しそうにない。
おしまい
あとがき
読んでいただいてありがとうございました。
長編小説2作目になります。
今作はオムニバス形式で進めました。
と、いうのもメディア化展開を希望していたからです。
これならアニメ化はもちろん、映画化、実写ドラマ…。
どの媒体でも自由が効くし、コンテスト応募などの為に完成させなきゃいけないけれど、
まだまだ2人を終わらせたくなかったからです。
1作目が完成した時、達成感は勿論だけど、
その先の展開が見えなかったんです。
まるでもう自分の手から離れた子供の様で、それが少し寂しくて。
次作はまだ思い浮かんでませんが、また長編に挑戦したいと思います。