さよなら、未来

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春崎さんと勉強する予定の日、僕は入念に鏡の前で身だしなみをチェックしていた。
この日の為に智明と服を買いに行ったし、動画でヘアスタイルの研究もした。
とはいえ、あまりに気合を入れ過ぎても引かれそうなので、程よくおしゃれに見える程度に。
黒のスラックスに写真が印刷された白いTシャツにブルーグレーのシャツ。
髪は少しワックスをつけて毛先を遊ばせる。
…いまいちセットが合っているのかわからないが、変ではない…はず。
あんまりにも洗面所にこもっている息子を見て、お母さんはニヤニヤと笑っている。

「似合ってるわよー?」

「……お母さん、顔が笑ってる。」

「あはは!だって、夏輝が初デートみたいに浮かれて……。」

そう言われて思わず顔が熱くなる。
デートって名目ではないけど、やっぱりデートになるんだろうか。

「あらやだ…!本当に?」

「~~ああ、もうっ!行ってきます!」

母親の好奇の眼差しから逃げるように図書館へ向かった。
帰ったら質問攻めにあいそうな気がして、ちょっと気が重くなる。
ふと町内の掲示板に見慣れないチラシがあって、なんとなく目で追う。
花火の写真が大きく印刷された、『町内盆踊りのお知らせ』だった。
小学生の頃、何回か行った気がする。
そんなことを考えながら再び歩いていると、途中で春崎さんを見かけた。

「あ、春崎さん。」

「え?…青山くん!」

彼女の元に駆けよれば、学校の制服とは違う柔らかそうな可愛いスカートがふわりと揺れた。
女の子の服は詳しくないが、肩に切り込みが入っている淡いピンクのトップスと、涼しげな白いスカートがとても似合っている。
いつも下ろしがちな髪は後ろでお団子のように束ねられていて、いつもと違う春崎さんに心臓がうるさい。
彼女を褒めるためにいろいろ考えてきた言葉は、脳内からいつの間にかはじけ飛んでしまい、月並みな誉め言葉しか浮かばなかった。
慣れない言葉を口に出す前に、春崎さんが先に口を開いた。

「なんか…、いつもと違うね?」

「え、あ…、変だった、かな…。」

「ううん!そうじゃなくて…、いつもよりカッコイイね。」

さらっと言える春崎さんはすごい。
僕は気恥ずかしくて、お礼を言って視線を思わず下げた。
けど、ここで言わないのは駄目だ。
手のひらをぎゅっと握り、覚悟を決めて春崎さんを見た。

「春崎さんも、…その、……かわ、……すごく、似合ってる。」

智明、女子を褒めるなんて、やっぱり僕にはハードルが高いのかもしれない。
スマートに可愛いと言いたかったけど、恥ずかしさが勝ってしまい、……言えなかった。
それでも僕の言葉に彼女は柔らかい笑みを見せて、少し照れくさそうにお礼を言った。
その日話したことは、実は緊張しっぱなしだったからあまり覚えていないけど、理数になると急にペンの進みが遅くなる春崎さんが可愛かったことは覚えている。
教えながら勉強するのもなかなか捗り、夏休みの宿題として出された問題集の3分の1くらいは終わってしまった。
この調子だと案外余裕で、夏休みの宿題が終わるかもしれない。

図書館を出たとき、どこからか太鼓の音が聞こえた。
そういえば、図書館へ向かう途中に町内の盆踊りがあるって張り紙があった。
図書館から10分ほど歩いたところに、少しだけ広めの公園があり、そこでやってるらしい。
このまま帰るのも少しもったいない気がして、寄り道を提案すると、彼女も「行きたい!」と顔を輝かせた。
公園に着くと、そこそこの人込みで、盆踊りをする人は年配か小さな子供しかおらず、ほとんどの人は出店に並んでいる。

「何か買う?」

「んー、そうだなぁ…。ラムネと…、あ、フランクフルト!」

少し並んでいるフランクフルトの列に並び、順番を待つ。
知り合いがいないか気になり、キョロキョロと辺りを見回していると、見たことある後ろ姿があった。智明だ。
春崎さんも見つけたようで、「あれ、冬川くんじゃない?」と聞かれる。
フランクフルトを買ってから、智明の方へ向かった。

「智明!」

「ん?…夏輝!来てたのかよ!…と、春崎さん?」

たこ焼きに並んでいる智明の肩を叩けば、僕たちの方を見て目を丸くした。
彼の左手は小さい女の子の右手と結ばれていて、恐らく妹ときたのだろう。
どことなく、似ている気がする。

「こんばんは。冬川くん。妹さんと来たの?」

「そー。ちょっと離れてっけどな。親が連れて行けってよ。」

「とも兄、友達?」

「そーだよ、ほれ、挨拶しな。」

「ふ、冬川、明深…です。」

浴衣を着た小さな女の子。
小学校の低学年くらいだろうか?智明の陰に隠れながらこちらを見て挨拶をした。

「かわいいー!私、春崎未来。よろしくね。」

「僕は青山夏輝。妹、いたんだね。」

「妹だけじゃねぇよ…。中坊の弟と、上に鬼みてーな姉がいる…。」

げんなりした表情を見せつつ智明がたこ焼きを買って、それぞれ飲み物を買いがてら公園の隅へ移動した。
彼の手にはビニール袋があり、何やら他にも買い込んでいるようだ。
他にも大きな半透明なバッグを持っていて、動物の可愛らしいキャラクターの絵柄が見えるのでに妹の明深ちゃんのだろう。
薄っすらと見える中には綿あめの袋や水ヨーヨー、くじの景品らしきエアバッドのようなものが覗いていた。
普段から面倒見がいい友人だと思っていたけど、妹や弟がいるからだったんだ、と納得がいく。
柵に腰掛けながら、智明はビニール袋から焼きそばやフランクルトを取り出して明深ちゃんに手渡す。

「…僕は一人っ子だから、ちょっと羨ましいな。」

「私も。」

「兄弟多いと大変だぜ?しょっちゅう喧嘩するしさぁ。」

「それもそれで楽しいんじゃないか?1人じゃ喧嘩もできないし。」

「…ふふ、そうだね。あ、明深ちゃん、ウェットティッシュいる?」

フランクフルトを食べ始めた明深ちゃんの手にケチャップが落ちてしまい、春川さんがウェットティッシュを渡した。
用意周到、しっかり者だなぁ…。
僕なんて必要最低限のものしか持たないから、財布と、せいぜいハンカチくらいしか持っていない。
2人の姿を微笑ましく眺めていると、智明がこっそりと近寄ってきて耳打ちした。

「なぁ、夏輝。…もしかして付き合い始めたのか?」

「んぐ…っ!!?」

思わぬ言葉に飲んでいたラムネを誤飲してしまい、軽くむせる。

「だ、大丈夫!?青山くん…!」

「げほっ、…へ、平気…!」

ハンカチを出して近寄ろうとしてくれた春崎さんを慌てて手で制して、大丈夫なことを伝える。

「…違うよ、図書館で勉強してて、帰りがてら寄っただけ。」

小声で返せば、「なんだ、残念。」とニヤニヤと笑って返された。
…まぁ、傍から見れば祭りに来てるカップルだと思う…かもしれない…。
なんて少し浮かれていれば、今度は春崎さんの方から小さな悲鳴が聞こえ、視線を送ればスカートの裾に少し、ケチャップがついてしまっていた。

「あーあ、やっちゃった…。」

「暗くなってきてるから目立たないだろうけど…、ウェットティッシュ持っててよかったね。」

「あー…、うん。…私、よくやるから、いつも持ち歩いてるんだよね…。」

恥ずかしそうに話すその発言に、僕は少し驚いた。
そんな反応に彼女は少し苦笑いをして続ける。

「この前もお弁当についてたソースを制服にこぼしちゃったり、
夏場なんかはよくアイスを落としちゃったり…。だから常に持ってるの。」

しっかり者のイメージが強かったから、そんなギャップがあるとは思わなかった。
僕からすれば痘痕も靨…、焦って染みを落とそうとする姿すら可愛く映るのだから、恋は盲目とはよく言ったものだ。
結局4人でしばらく屋台を堪能してから、冬川兄妹と別れて、僕は春崎さんを家まで送っていくことにした。

「すっかり遅くなっちゃってごめん。」

「ううん、大丈夫。お祭りも楽しかったし、明深ちゃん可愛かったなぁ~。」

「お互い一人っ子だもんね。」

僕も少し、兄弟がいたらどうだったかな、と考える。
お兄ちゃんやお姉ちゃんがいたら、頼りになりそうでいいなと思うし、…弟や妹の場合はどうだろう。
智明みたいに面倒見がいいタイプではないから、もしかしたら喧嘩ばかりするかもしれない。
ふと、視線を感じて隣を見れば、春崎さんがこちらを見て微笑んでいた。
…ひょっとして、考え事をして百面相でもしていたのだろうか。

「…僕、変な顔してた?」

「え?ああ、違うの。さっき、青山くん素敵なこと言ってったなぁって思って。」

「…?何か言ったっけ?」

「兄弟喧嘩するって言ってた冬川くんに『それもそれで楽しいんじゃない?1人じゃ喧嘩できないし。』って。」

確かにそんなことを言った気がする。けど、どこが良かったのかわからない。
不思議そうに彼女の方を見れば、また少し笑って言った。

「喧嘩って悪いイメージあるけど、2人だからこそ、出来るんだよね。
当たり前なんだけど、そう受け取れるのが素敵だなって思ったの。」

「あ…、ありがとう。」

そう言って柔らかく微笑む彼女はとても綺麗だった。
暗いはずの夜道が彼女に照らされてるような錯覚を受ける。
僕の些細な言葉を拾って、感銘を受けてくれるところに、心臓が掴まれるような感覚がした。
そんな僕に気づかず、ぽつりと独り言のように彼女は口を開く。

「幼稚園からの、友達がいたんだけどね。小学生の時、急に無視されちゃって。
きっと私が何かしたんだろうなって思うんだけど…。」

「…原因、わからないの?」

「うん。当時はただただ悲しくて、…でも、今思えば…もっと話せばよかったなって思う。」

「……理由は、聞かなかったってこと?」

「…聞いたけど、……教えてもらえなかったから諦めちゃった。」

分け隔てなく、いろんな人と仲良く話しているイメージがある彼女。
元々人当たりもいいし、誰かの陰口を叩くようなタイプでもない。
そんな彼女が、友達を怒らせるようなことをしたとは考えにくかった。
それも一方的に。
もしかしたら、僻みとか妬みじゃないだろうか。
そう思ったが憶測の域を出ないことは口に出さないことにした。
ぴたりと彼女の足が止まり不思議に思ったが、彼女の目線の先には"春崎"と表札のある家があった。
…いつの間にか着いたのか。
少し距離があったはずなのに、あっという間に着いてしまった。

「……じゃあ、帰ってきたら、連絡するね。」

「うん。今日はありがとう。」

「こちらこそ。」

お互いに手を振って、その場を離れる。
春崎さんの背中が玄関に吸い込まれていくのを見送ってから、僕はさっきの彼女の笑顔を思い出しながら、少し浮かれた足取りで帰路に着いた。
今別れたばかりなのに、次会える日が待ち遠しい。
僕は8月のお盆の日まで、こっそりカウントダウンした。