さよなら、未来
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待ちに待ったお盆、僕はじいちゃんの家に帰省した。
毎年、この時期に帰って夏野菜の収穫を手伝っている。
見渡しても畑と家しか見えない田舎で、周囲にコンビニなんてないし、スーパーも車で片道30分以上はかかる。
もしかしたら春崎さんは、こういう景色を見たことがないのかもしれない。
春崎さんにも見せたくなってスマホで写真を撮る。
向こうとは違う空気も写真から伝わればいいのに。
僕は海外へ行ったことがないから、むしろハワイの話を聞く方が興味津々で楽しみだ。
帰省に不満があるわけではないが、これが"隣の芝生は青く見える"ってやつなのかもしれない。
この日もトマトやきゅうり、トウモロコシの収穫の手伝い。
赤く熟れたトマトは綺麗なツヤがあり、傷がつかないように丁寧にとっていく。
昔は苦手だったトマトも、じいちゃんの育てたトマトのおかげで克服できた。
収穫したてならではの瑞々しさは、今まで食べたトマトの中で1番甘くて美味しかった。
おばあちゃんが漬けてくれるきゅうりの漬物も、他では食べることが出来ない味で、畑仕事のご褒美だ。
夕飯を終えて、なんとなくスマホ眺めていると、「夏輝。」と名前を呼ばれて、僕はスマホから顔を上げる。
じいちゃんが今日収穫したトウモロコシを持ってきてくれた。
お礼を言って茹でられたそれを1つ手に取り、豪快にかじっていく。
綺麗にぎっしりと並んだ粒に歯を立てれば、プリっとした食感と同時に甘い汁が飛び出す。
皮が歯に挟まるけど、デザートのような甘さと満腹感の前では気にならない。
「じいちゃん、これ、お土産に持って帰ってもいい?」
「ん?ああ、いいぞ。友達にか?」
「…うん。友達がハワイのお土産くれるって言うから。僕もお返ししたくて。」
そう言うとじいちゃんは、眉を下げて少し困ったように笑いながらトウモロコシを見る。
「ハワイの土産じゃあ…、釣り合わんよなぁ…。」
「え、そんなことないよ!友達にじいちゃん家に行くって言ったら羨ましがられたし…。それに、」
言葉を切って、手に持ったままの食べかけのトウモロコシを見つめる。
「じいちゃん達の作った野菜が、一番美味しいよ。」
買ったものじゃないけど、味で言えばお土産には十分だ。
きっとハワイのチョコも美味しいだろうけど、この野菜だってじいちゃんにしか作れない貴重な野菜だ。
僕が自信を持って言うと、じいちゃんは照れたように笑って、僕の頭を優しく撫でた。
夏休みが終わる一週間前、僕は春崎さんに連絡をとって、近くの公園で会う約束をした。
持てる程度に詰めこんだ、じいちゃんの夏野菜と、帰りがけに見つけたクマのぬいぐるみの入った袋。
思ったよりもかわいくラッピングされてしまい、持ってるのが気恥ずかしくて足早に公園へ向かう。
ベンチで座って待っていると、後ろから冷たいものが頬に触れた。
「ぅ、わぁっ!!」
「あはは!青山くん久しぶり。」
「ひ、久しぶり…。」
ドキドキとした心臓を軽く押さえながら、僕は彼女の方に顔を向ける。
はい、と手渡された水は先ほど買ったばかりのようでキンキンに冷えていた。
なるほど、頬に当てられたのはこれか。
お礼を言って改めて春崎さんをみると、今日は向日葵があしらわれた膝丈のワンピースに白いレースのようなカーディガン。
髪の毛はポニーテールに結われていて、服から覗く首や腕は少し日焼けしたようにも見えた。
「あ、これお土産ね!」
「ありがとう。これ、僕の方のお土産。」
「わ!ありがとう…!トウモロコシやトマトがいっぱいだ…!」
「うん、これ僕が収穫したやつ。おじいちゃんの野菜、甘くて美味しいよ。」
僕が昔トマトを食べれなかったエピソードを話すと、春崎さんは目を細めて笑った。
「食べるの楽しみ!」と喜んでくれる姿を見て、僕もまた思わず口元が緩む。
彼女がもう一つの袋に気がついてぬいぐるみを取り出すと、目を輝かせた。
「青山くん!このクマ…!!今人気のもちクマ…!しかもご当地バージョンじゃない!?」
「も、もちクマ…?」
なんとなく、どこかで見覚えがあって可愛いかと思って選んだクマだったが、どうやら好きなキャラだったらしい。
高さが10cmくらいのぬいぐるみで、キーホルダーになっている。
タグの説明によると『餅のようにもちもちしたクマ』…らしい。
確かに触り心地はスクイーズみたいで気持ちよかった。これも決め手の一つだ。
おまけでつけたものだったけど、気に入ってくれてよかった。
感じていた既視感は、春崎さんのチャットのアイコンがそのクマだったかもしれない。
なんだかんだ、夏休みに中に春崎さんと会えたのはこの2回だったけど、なんだか充実した夏休みを送れた気がする。
休み明け、彼女のバッグにあげたクマがつけられていて、気恥ずかしさと嬉しさで顔が熱くなった。
思ったよりも人気があったようで、クラスの女の子何人かに声をかけられていて、どこで買ったか聞かれていた。
少し気になって近くで聞き耳を立てれば、彼女は嬉しそうに「貰ったの。」と笑った。
単純だけど、それだけで僕は柄にもなくスキップしてしまいそうになるほど嬉しかった。
その後も、僕と春崎さんは少しずつ距離を縮めていく。
流石にクリスマスや初詣は2人きりとはいかなかったけど、智明やクラスの何人かで集まって楽しく過ごせた。
同じ空間に一緒にいれるだけで満足していれば、智明に「欲がねぇな。」と笑われて背中を押される。
押された衝撃で数歩前に行けば、春崎さんの姿があった。
「青山くん、明けましておめでとう。」
「あ、明けましておめでとう…!」
「お願い事、した?」
「………特には。将来の夢とか、まだなくて。」
「そっか。悩むよねぇ。」
「…春崎さんは?」
「…秘密。」
寒さに頬を赤らめて、人差し指を唇に当てた彼女が凄く綺麗で、数秒見惚れた。
まるでCMや雑誌の広告みたいに、その場面だけを切り取ったかのように見える。
綺麗な着物を着た人は周りにたくさんいたけど、僕が綺麗と思えるのは春崎さんだけだった。
「青山くん?」
「え、あ、…ううん。言ったら叶わなくなるなんて噂もあるしね。」
「そうだった!…ねぇ、青山くん。」
集まりに飽きてきたのか、段々と各々が好きな屋台へと散らばっていく。
…また集まるの、大変そうだ。
ひょっとしてもう解散になったのだろうか。
智明の姿を探そうとしたが、春崎さんの声に足を止めて顔を向けた。
「青山くんは、優しくて、人の気持ちを大切にしてくれる人だから、きっと素敵な大人になれるよ。」
彼女の言葉は、どうしてこんなにまっすぐなんだろう。
なんで僕の胸に、優しく、じんわりと沁みていくんだろう。
きっと、好きな人の言葉だからとか、そんな理由じゃなくて、人柄とか、彼女の言葉に裏表を感じないからかもしれない。
その言葉に、いつも救われている。
漠然とした将来の不安も、優しく背中を押してくれるような言葉で、息苦しさから解放されるんだ。
「ありがとう。…春崎さんもね。」
そう言って僕らは顔を見合わせて、照れくさそうに笑いあった。
今年も良い年になりますように。
明るくなったばかりの空を見上げて、僕は心の中で呟いた。
それから一か月とちょっとの時が過ぎ、世の男子が浮足立つ日がやってきた。
2月14日のバレンタインデー。
朝から先生の目を盗んで、楽しそうにチョコを交換し合う女子生徒たち。
そして、その様子をチラチラと伺う男子生徒たちからは期待と不安の入り混じる目。
かくいう自分も、今年は友チョコくらいなら貰えたりしないだろうか、とほんの少しの期待を持って登校した。
昼休みになって、いつも通り智明と購買で買ってきたパンを教室で食べていると、
春崎さんから『放課後、あの空き地で会えないかな?』とチャットがきて、僕はスマホとパンを手に固まった。
「…ん?夏樹?どうした?」
「どっ、ど…っ、こ、こここれ…!」
僕の様子に異変を感じて、智明が視線を向ける。
食べかけていたパンを机に置いて、僕はスマホの画面を見せた。
「…お、こ、これは…っ!!!」
智明は興奮した様子でスマホと僕を見比べる。
その後、右手で勢いよく僕の肩をバシバシと叩いた。
「痛っ!!!」
「やったじゃねぇか夏輝ーっ!!!」
「ちょ、しーーっ!!静かにっ!!」
急に大声を出した僕らに、周りにいたクラスメイトが何事かとこちらに視線を向ける。
幸い、春崎さん達は今日は学食なのか教室には見当たらないが、変に目立ちたくはない。
「んん゛っ、で、でもさ、これって…友チョコ…の可能性もあるよね…?」
周りに聞こえないよう、小声でコソコソと話せば、智明もそれに合わせて話し始めた。
「そうかぁ…?」
「ほら、義理なのに学校でチョコを渡すと皆に勘違いされるから~…とか。」
「…確かに。」
元よりぬか喜びもしたくはないし、これぐらいに思っていた方が良いかもしれない。
実際、友チョコでも貰えるだけ嬉しいし…。
…いや、そもそもチョコですらなく、他の話という可能性もある。
勘違いだった時のショックが大きいから、過度な期待はしない方が良いだろう。
「ま、少なからず悪い事ではねぇだろ。」
そう言って笑う目の前の友人に頷いて、昼食を再開した。