さよなら、未来

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放課後になり、そわそわしながら思い出の空き地へ向かえば、随分と景色が変わっていた。
空き地だったそこは、小さなアパートが建っていて、一緒に座って話をしたあの場所は、見る影もない。
…場所を間違えた訳じゃないよな?と、辺りをキョロキョロ見渡せば、春崎さんが駆け足でやってきた。

「あ、青山くん!ごめんね…、空き地なくなってたんだね。」

「うん…。僕も今知ったとこ。」

彼女が来たことで、場所が間違ってないことを確信する。
アパートを眺めながら、記憶にある光景を思い返せば、それだけの時間が流れたのだと感じた。
今こうして彼女と一緒にいるのは、奇跡なんじゃないかと改めて感じる。
仕方ないから近くの公園まで歩いて、誰もいないのをいいことに、並んでブランコに座った。

「青山くん、あのね。」

春崎さんは、以前お土産であげたクマのぬいぐるみがついたスクールバッグから、
かわいくラッピングされた袋を取り出した。

「これ…、受け取って……っ!」

「あ、ありがとう……。」

僕は緊張しながら、差し出された袋を受け取る。
春崎さんも緊張しているのか、顔を真っ赤にしていた。
ということは、やっぱりチョコなのだろうか?

「あの……それで、…私、…青山くんのことが好きです…!」

バレンタインに呼び出されて、期待をしていなかったと言えば嘘になる。
ただ、優しい春崎さんのことだから、友チョコの可能性が高いと思ったし、自惚れるのが怖くて、本命ではないと思い込もうとしていた。
そんな考えをいい意味で裏切られ、僕は思わず小さいガッツポーズをしてしゃがみ込んだ。

「~~~~~~っし!!」

「…え?え、……青山くん?」

いきなり座り込んだ僕に混乱する春崎さんは頭にハテナを浮かべている。
僕はゆっくり立ち上がって、彼女に一歩近づいた。

「春崎さん…!」

「っ、はい…。」

「僕も、春崎さんが好きです。…付き合ってください。」

「っ!…お願いします!」

こうして…、僕の長年の片思いは智明の協力もあって実ることが出来た。
帰宅途中、智明に報告をすれば『やったな!!』のメッセージと、祝うようなスタンプが送られてきた。
――智明に好きな人が出来たら絶対協力しよう。
そう心に誓って、僕は家に着いた。
手を洗って自室に戻り、スクールバッグから春崎さんにもらったお菓子を取り出す。
何種類か入っているクッキーはどれも不揃いで、ちょっと焦げていた。
その手作り感が可愛らしくて、すぐ食べるのがもったいなかったので写真を撮って、ほとんど更新していなかったSNSに写真を上げた後、ゆっくりと味わって食べた。

翌日、春崎さんが「あの写真!恥ずかしいから消して!」と、顔を真っ赤にしてお願いしてきた。
名前は勿論、ろくに文章も入れずに写真だけあげたのだが、
彼女のお願いを断ることも出来ず、僕は惜しみつつ投稿を非公開に設定する。
どうやら一部の友人に付き合ってることが勘づかれてしまったらしい。
そもそも僕のSNSを知っている人が少ない上に、あの投稿のどこで気づけたのか不思議で仕方なかったが、どうやら春崎さんに前々からフォローされていたらしく、春崎さんのクッキーを知っている女の子たちから「あの男は誰だ。」と、質問攻めにあったそうだ。

それからの毎日は、少しずつ、でも確実に変わっていった。
元々小学校が同じこともあり家が近いので、待ち合わせをして登下校することにした。
テスト勉強を一緒にしたり、休日には一応デートっぽいこともしている。
お互い、名前で呼び合うことにも慣れてきて、特別なことをしているわけじゃないけれど、未来と過ごす時間は、どれも全部が特別だった。
一緒にショッピングモールへ出かけてプレゼント交換をしたり、スイーツバイキングに行ってみたり。
1人じゃつまらない場所でも、未来といるだけで楽しい時間に変わる。

付き合って三ヵ月も経てば、お互い隣にいるのが当たり前になってきて、自然と手も握れるようになった。
関係性は多分、良い方に進んでいると思う。
僕よりハッキリとした、芯のある発言をする未来は、何かと優柔不断な僕の背中も、よく押してくれた。
苦手なことも、未来と一緒ならこの先も乗り越えられると思った。
時折、未来が調理実習で違う班の僕にも料理をおすそ分けしてくれるけど、
結構な確率で失敗をする不器用さは付き合った時と変わらなくて、僕は思わず笑みがこぼれた。
小学生の頃から手芸などはすごく上手なのに、何故だか料理は苦手なようだ。

ある日のデート中、ペットショップに行ったとき、タロに似た犬を見かけた。
僕の家はもう犬を飼っていないけど、犬を見ると懐かしくて触れたくなる。
未来は隣で「この子、タロに似てるね。同棲でもする時は犬、飼っちゃおうか。」なんて、僕の喜ぶ言葉をくれる。
「未来がいいなら。」なんてちょっとカッコつけて返したけど、
ずっと先の未来、彼女の隣に僕がいることが当たり前のように言ってくれて、内心はすごく嬉しかった。

「あー、今日も楽しかったぁ…!」

もう数えきれないくらいの何度目かのデートの帰り。
未来は僕がクレーンゲームで取ったもちクマのぬいぐるみを大事そうに抱えながら言った。
未来と付き合って、もうすぐ五ヶ月が経つ。
これまで大きな喧嘩もなく過ごしてきた僕たちは、きっと世界で一番幸せなカップルなんじゃないか、なんて、おめでたいくらいに浮かれていた。
それほど未来との毎日が楽しくて、毎日が幸せだった。

もう少しで夏休みになる初夏の週末。
今日は1週間前から予定していたアクション映画を朝から見に行った。
映画を観終わったあと、未来が「スパイの女の人かっこよかった~!」と感激し、
何やら銃を撃つ真似をしていたが、未来は運動音痴だから似合わないな、とこっそり笑う。
そもそも銃が似合うカッコイイ外国の女優さんと、お菓子が似合うような可愛い未来ではイメージに差がありすぎる。
僕が「序盤の爆破シーンで驚いて、ポップコーン3回も落としてたやつが何言ってんだよ」ってからかうと、
「うるさいなー」って笑いながら、照れたように僕の腕を軽く叩いた。

夏休み中の8月には付き合って半年記念日がある。
半年が記念日になるのかよくわからないが、智明の情報だと女の子は記念日が好きらしい。
とはいえ、意にそぐわないサプライズで失敗もしたくなかったので、
素直に未来に聞いたら喜んで一緒に計画を考えてくれた。
「日帰り旅行なんかもいいね。」とネットで調べながら話した。
電車やバスで行けるところは限られる。
車に乗れたら、もう少し選択肢が増えたんだろうな。
免許、早めに取ろうかな…。
ネットの検索画面に出てきた"新婚旅行"の文字にドキリとする。
ちょっと気が早いけど、きっと僕はこのまま未来と結婚するんだろうな、なんて頭の隅で考えていた。

「本当に家まで送っていかなくていいのか?」

「お父さんにはまだ夏輝のこと内緒にしてるのっ!また明日ね!」

改札口を出て数分で来てしまう分かれ道。
いつもなら未来の家まで送っていくのだが、今日は帰りが遅くなったので「家にもうお父さんが帰ってきてるから」、と断られた。
僕はいずれご両親に挨拶へ行きたいと思ってはいるが、それは日を改めた方が良いだろう。

「気を付けてね。また明日。」

この時の僕は思いもしていなかった。
彼女を送っていかなかったことを、こんなにも後悔することになるなんて。
もう二度と、未来に「また明日」と言うことが出来なくなるなんて、思いもしていなかったのだ。
帰宅をしてすぐ、未来に無事帰れたかチャットを送る。
1時間ほど連絡を待ってみたが、既読がつかない。
いつもなら返信は早い方だけど、お父さんが帰ってきてると言ってたし、もしかしたら家族で団らんしてるかもしれない。
それとも、今日は朝早かったし、お風呂に入ってもう寝てるのかも…。
そう思って、最初は気にも留めなかった。

けれど、翌朝。
いつもの待ち合わせ場所に、未来はいなかった。
チャットを再度送ってみたが連絡もなく、昨日のメッセージも未読のままだった。

(未来が寝坊?……珍しいな…。)

たしかお父さんの出勤が早いと言っていたから、朝行っても鉢合わせはしないはず…。
そう考えて、僕は未来の家へと足を向けた。
到着して様子を窺うが、家中のカーテンは閉まったままで、人の気配を感じない。
一応、インターホンを押してみたが、応答はない。
こんなに朝早く、何かあったのだろうか。
考えたくはないが、嫌な予感がする。
胸の奥に、言葉にできない不安がじわじわと広がっていく。
ふと時計を見ると、もう学校へ向かわないと遅刻してしまう時間だった。
後ろ髪を引かれながらも、僕は仕方なく学校へ向かう。
例えば、おばあちゃんが危篤で家族で病院に向かってる、とか…、
それなら学校にも連絡が行ってるかもしれない。
だから、お願いだから、思い出せないでくれ。
外の気温は高いのに、指先から体が冷えていくようだった。
あの日、冷たくなったタロを置いて学校へ向かった僕と、今の僕が重なった気がして、落ちつかなかった。

予鈴と同時に教室に入り、未来の姿を探すも見当たらない。
離れた席の智明と目が合い、軽く手を挙げて笑いかけてくる。
それに軽く手を挙げて返すことしか、今の僕には出来なかった。
いつもと違う様子を見てか、智明は直ぐに笑顔を消して、僕の方を真っすぐ見てくる。
すぐに先生が教室に来て、僕は点呼を取る先生の言葉を一言一句聞き逃さないよう、目を閉じて耳を澄ませた。

「橋本ー、…畠山ー。…春崎ー、ん?春崎、いないのか?誰か連絡とってるかー?」

僕の淡い希望は砕け散った。
学校にも…、連絡が来ていない。
先生の言葉に、多数の視線が僕に突き刺さる。
クラスの人なら、毎日未来と登下校している僕なら知っていると思うだろう。
けれど、彼氏である僕も知らない。

「後で親御さんに連絡してみるか。次ー…。」

その時、ブルっとスマホが震えて急いで画面を見れば、智明からのチャットだった。
一度閉じて、未来とのチャット画面を開くが、未読のまま何も変化はない。

『何かあったのか?』

智明のメッセージに、どう返せばいいかわからない。
僕だって何もわからないのだ。

『後で話す。』

とりあえずそう返して、朝のホームルームが終わるのを静かに待った。
先生が教室を出て、直ぐに智明が駆け寄ってきた。

「おい、夏輝…。大丈夫か…?移動するか?」

僕は無言のまま頷いて、席を立つ。
屋上へ続く人気のない階段で、2人腰を下ろす。

「……昨日の夜、未来と別れてから…、連絡がつかないんだ。」

ぽつりと僕は呟きながら、スマホの画面を見せた。
智明はスマホと僕を見ながら、言葉を選んでいるようだった。

「それは…、……心配だな。家庭の事情か何かか?」

「いや、…だったら学校に何かしら連絡があると思うんだ…。」

「連絡を忘れるくらい、何か急用とか…。」

「……。」

こういう時、空気が読めて頼りがいのある友人がいて、良かった。
話してるうちに、少し、落ち着いてきた気がする。

「あ。」

突然、何かを閃いたように智明が声を漏らす。

「夏輝ぃ、職員室行こうぜ…?」

「え、なんで…。」

「先生言ってたよな、"親御さんに電話する"ってーー。」

悪戯を思いついた子供のようにニヤリと笑って、智明は僕の手を引っ張って職員室へと向かう。
職員室のドアから覗けば、丁度担任の先生が電話をかけているところだった。

「失礼しまーす。」

大きすぎず、小さすぎず、絶妙な声量で智明は職員室の中へ堂々と入っていった。
僕は教室とは違う空気に緊張しながら、後ろをこそこそと着いていく。
先生の後ろについて、バレないように聞き耳を立てた。

「…はい、…また何かありましたら、ご連絡いただければと思います。…失礼いたします。」

「先生、」

「わぁあっ…!!……ふ、冬川くんと、青山くん…?」

受話器を置いたタイミングで智明が躊躇なく声を描ければ、先生は後ろにいた僕たちに見事気がつかなかったようで、驚きの声を響かせて直ぐに口をふさいだ。
他の先生にジロリと見られ、先生は「すみません…。」と、周囲にペコペコ頭を下げる。
そんな僕らの方に向き直るも、決して怒ったりすることもせず、優しく話を聞いてくれた。

「どうしたんだい、一限目始まっちゃうよ。」

「あの、春崎さんは…?」

「…ああ、今日は……、お休みみたいで。」

「未来…、春崎さんと、昨晩から連絡がつかないんです…!」

誤魔化すような笑顔で返されて、言えない何かがあるのかとは思ったが、引き下がりたくなかった。
スマホを握りしめながら訴えれば、先生は僕の顔を見て何かを納得したような顔をした。

「青山くん…、確か、春崎さんと仲が良かったよね。」

「…はい。」

「ごめんね。…先生からは…、まだ詳しいことは言えないんだ。」

「そう…、ですか…。」

「明日は来れんの?」

「それもちょっと…。」

智明の追及に先生は眉を八の字にして言い淀む。
僕たちは顔を見合わせて、これ以上収穫は得られそうにないと判断した。
それから先、未来とのチャットに既読が付くことはなく、もうあの笑顔を見ることもできなかった。