さよなら、未来

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春崎さん改め、未来ちゃんと夏輝が付き合い始めてから、夏輝と遊ぶ時間が減った。
そりゃそうか。
特に付き合い始めは楽しいだろうし、未来ちゃんの話をする夏輝は幸せそうで、
こっちまであたたかい気持ちになる。
寂しくないと言えば嘘になるが、親友の幸せを望む友人として一切の不満はなかった。
それなのに、事件は急に起きてしまった。

ある朝、夏輝の様子がおかしかった。
未来ちゃんと2人ではなく、1人で登校するのも珍しかったし、遅刻ギリギリで心ここにあらずみたいな顔で、どこか挙動不審な動きをしていた。
不安げで、どこか悲壮感があって、何かがあったことは明白だ。
俺は急いで夏輝にチャットを送って、返事を待つ。
数秒後、送られてきた返事を見て、朝のホームルームが終わると同時に夏輝の元へ駆け寄った。

「おい、夏輝…。大丈夫か…?移動するか?」

夏輝は声に出さずに頷く。
多分、人に聞かれない方が良いだろう。
教室を出て、屋上へ続く階段で腰を下ろした。

「……昨日の夜、未来と別れてから…、連絡がつかないんだ。」

普通なら「そんなことか。」で済むのかもしれない。
たまたま寝てて見てないとか、通知が来なかったとか、よくあることだとは思う。
けれど、夏輝の憔悴っぷりを見るに、普通じゃないのだろう。

「それは…、……心配だな。家庭の事情か何かか?」

不安定な状態の人に不安を煽るのは良くないし、否定する言葉も良くない。
なるべく同調・共感を意識しながら、慎重に言葉を選ぶ。
元々冷静なタイプだからか、会話を始めれば少しずつ落ち着いてきたように思えた。
しかし、家に行っても誰もいないっていうのは確かに妙だ。
出かけるなら一言くらいメッセージを送ることも出来るだろう。
そこでふと、耳から耳へと流していた先生の言葉を思い出す。
手っ取り早く事実確認する方法があるじゃないか。

「夏輝ぃ、職員室行こうぜ…?」

俺は夏輝を半ば引っ張るような形で職員室へと向かった。
職員室のドアから覗けば、丁度担任の先生が電話をしていたので、慌てて職員室へと入っていく。

「失礼しまーす。」

職員室に入っていいのかわからないが、堂々としてれば案外気にされないだろう。
後ろからついてきている夏輝は緊張した面持ちだったが。
先生の背後に近づいて、バレないように聞き耳を立てる。
何を言ってるかはわからないが、受話器から女性の声が聞こえる。春崎さんの母親か?

「…はい、…また何かありましたら、ご連絡いただければと思います。…失礼いたします。」

「先生、」

「わぁあっ…!!……ふ、冬川くんと、青山くん…?」

タイミングを見計らって声をかければ、先生は幽霊でも見たかのように体が跳ねた。
残念ながら電話が終わってしまったので、先生から聞き出せないか2人で粘ってみるが、先生は詳細を何も言わなかった。

翌日、平静を装いながら学校へ来た夏輝がいた。
俺も深く追求することはやめて、いつも通りに接した。
けど、その日の放課後、夏輝からのチャットに開いた口が塞がらなかった。
それからの夏輝は、…情緒不安定だった。
感情の波がない、まるでロボットみたいに振舞っているかと思えば、ふとした拍子に崩れてしまう。
ツラいのは夏輝だとわかっているけれど、見ていて俺もツラかった。
こういう時の対処の仕方がわからない。
ただただ、夏輝が落ち着くまで傍にいることしかできなかった。

そんな日々が、1年近く経って、ようやく夏輝が戻ってきた。
完全ではないけれど、少しずつ笑うようになって、乗り越えたんだな、と勝手に思っていた。
乗り越えるなんて、口で言うほど、そんなに簡単なことじゃないはずなのに。
俺はそれに気付くことができなかった。
たまに夏輝の口から出る春崎さんの名前も、「未来なら、どこの大学に行ってたかな」なんて例え話も、何気ない会話だと信じて疑わなかった。
それが何よりも、乗り越えていない証だったのに。
思い返せば、夏輝の口から出る言葉は、いつも思い出話なんかじゃなくて、あるはずのない未来を語っていた。
まるで、これから先の話をするように。
夏輝の中には、まだ未来ちゃんが生きていた。
それに気づけていたら、こうなることも防げたのだろうか。

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大学生になって、僕は実の入らない就活に苦戦していた。
今のところ、内定はない。……というより、そもそも働きたいとも思っていなかった。
所詮口先だけの僕の言葉に騙される会社など、そうそうないという事だ。
僕の未来は、未来…彼女と共にいることだった。
その未来を失ってから、僕は人生に意味を見出せずにいる。
なんとなく高校を卒業し、なんとなく大学に進む。
同じような日々を繰り返すだけの毎日に、意味や意義を感じられず、気力はどんどんなくなっていた。
あの日からここまでの日々は曖昧で、記憶に余り残っていない。
ただ、忘れられないあの日のことを、ずっと思い返しては後悔している。
……家まで送っていれば、よかった。
たった、それだけのこと。
家の前まで、送ればよかっただけなのに。
何度も何度も悔やんだ。けれど、時間が巻き戻ることはない。
アニメや漫画のようにタイムリープなど、存在しない。
講義室に座ってぼーっとしていると、隣の席にどかりと誰かが座ってきた。

「はよー、夏輝!」

高校からの友達、冬川智明。
思えば彼と仲良くなれたのだって未来のおかげだったし、未来と付き合えたのは智明のおかげだ。
僕が不安定になった時も、ずっと横で寄り添ってくれた大切な友人。
だからこそ、「時間を戻したい。」なんて馬鹿げたこと、智明にも言えなかった。
ここで立ち止まってちゃいけない。
そう思うのに、自分の将来を考えるだけで億劫な気持ちになる。

「おはよう。」

「なぁなぁ、柚原って子、知ってる?」

「…なんだよ急に。…誰?」

「柚原紗月。ほら、あそこにいるちょっと派手めな可愛い子。」

智明が指をさした方をちらりと横目で見る。
5人くらいの女の子が固まって話しているが、中心にいる子は一際目立って見えた。
確かに、印象には残る。インフルエンサーでもやってそうな、可愛い子だった。
けれど僕の目には、そんな人たちは“烏合の衆”にしか映らない。

「ふーん…。」

「お前…、ほんと女に興味ないよな…。」

「智明だって…、相変わらず二次元の女の子ばっかだろ。で、その子が何?」

智明は残念そうに呟くが、この男だって大概だ。
逐一紹介してくる歴代の“彼女”は、画面から出てこれないゲームの女の子ばかりなのだから。
出会った時から、智明はアニメやゲームが大好きで、現実の彼女がいたことはないが、当時彼の嫁は50人いたらしいから、今では3桁を越しているかもしれない。
そんな自分のことは棚に上げて、隣の男はニヤニヤと笑う。

「噂だけどさぁ、……お前に気があるらしいよ。」

「……へぇ。」

「…それだけかよ。」

僕の反応に、智明は心底つまらなさそうに唇を尖らせた。
そんな顔をされても噂は噂だし。
本人から聞いたわけじゃなければ、信憑性はない。
それに、……未来とは似ても似つかないギャルっぽい印象に興味は持てなかった。
……別に、未来に似ていればいいという訳じゃないけど。

「あ、そうだ!」

急に何かを思い出したように、智明は自分の鞄をごそごそとあさり始めた。
そしてもったいぶるように、小型ゲーム機でも入っていそうな袋を取り出す。

「何だそれ?」

「ふっふっふ…、夏輝くん…。これで彼女をつくる予行練習でもしたまえよ…っ!」

小声でささやきながら押しつけてきた袋には箱が入っており、
そのパッケージに印刷されている可愛い女の子から『お気に入りの彼女をつくって青春を謳歌しよう!』という吹き出しの文字。

「……ギャルゲーじゃんか!」

押し付けられた箱、いやゲームを、智明に押し返す。
なにも恋愛の仕方がわからなくなって臆病になってる訳じゃない。
ただ僕には、未来しかいなかった。
未来以外を、好きになるはずがない。
きっと彼女は優しいから、もし近くにいるのなら「早く彼女つくりなよー」とか言っているかもしれない。
だけど、未来の将来を奪った自分が、未来以外の誰かと幸せになるなんて、考えることすらできなかった。
彼女をつくる予行練習なんて、必要ない。
というか予行練習が必要なのはお前だろ!と内心でツッコミを重ねる。
……だが、意外にも智明は真剣な顔つきで言った。

「いや、正直さ…、これ、かーなーり、リアルなんだよ、キャラクターが。」

……確かに。
ゲームのパッケージには、今まで見たような“いかにもな2Dキャラ”ではなく、まるで写真のような女の子が描かれている。
アイドルの写真かと思っていたが、まさか、これCGか……?
別に、恋愛ゲームに興味があるわけじゃない。
でも―、この技術は、ちょっとすごいかもしれない。
そんな僕の反応を見て、智明はニヤニヤしながら得意気に語り始めた。
「キャラのビジュアルが神すぎる」とか、「システムがリアルでやばい」とか、オタク特有の早口で饒舌にまくしたてる。
……正直、ほとんど聞いてなかったけど。
気がつけば僕は、なかば押しつけられるような形で、そのゲームを借りることになっていた。