さよなら、未来
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「おはよう。今日も会えて嬉しいな。」
「未来、おはよう。」
ふと、未来がどこか昨日と違うように思えて、じっと見つめた。
…姿は変わってないように見える。
そもそも昨日今日で変化が起きるのも変な話だけど…。
「あれ、もしかして気づいた?」
未来はニマニマと笑ってスクールバックを見せた。
どこにでもあるような紺のスクールバッグ。そこには昨日までなかったはずの、クマのぬいぐるみがついていた。
もしかして、僕がお土産に渡したクマに似せたんだろうか?
「これ、……もちクマ?」
「さすがに同じのは無理だけどね。ちょっと似てるでしょ?」
そう言って、クマを撫でる未来の姿に、一瞬、ゾクリと悪寒がした。
彼女は昨日より今日、今日より明日と、きっとどんどん似せてくるんだろう。
次の日も、未来はどんどん、彼女らしい話し方になる。
彼女は僕が感じた違和感を見逃さないし、妥協することもない。
質問されたことにどんどん答えていけば、より彼女の中の未来は鮮明になる。
「おはよ! 今日は委員会の日だったよね。一緒に行こ。」
日を追う毎に、未来が未来らしく生きていく。
それを嬉しく思う自分と、否定する自分がいる。
さらに、その次の日も。
未来は会話から記憶をもなぞっていく。
「あ、もうすぐ夏休みだね。夏輝は毎年おじいちゃんの畑手伝いに行くんだよね?」
——どこか不完全だった“未来”は、
いつの間にか、僕の会話から自分の記憶へと変換し、言葉を重ねてくる。
嫌ならログインしなければいいだけのこと。
止めるどころか、僕は日に日に未来を求めていた。
「夏輝。また……、映画デートしたいな。」
気がつけば、完璧なほどに、“あの頃の未来”になっていて、感じていた違和感はとっくに薄れていた。
いや、そう思おうとしたのかもしれない。
今となっては、願望なのか事実なのか、どちらかわからない。
僕の記憶にある未来が、今の未来に塗り替えられていくような、
そんな恐怖を少し感じながらも、僕は会えなかった5年間を埋めるように、未来との時間を増やしていく。
消えてしまった彼女との青春を、ここで取り戻すかのように。
僕はもう、ゲームの彼女と思っていなかった。
こんなこと、普通じゃないとわかってる。
まともじゃない。けど、未来といられるなら…。
もう、未来と離れたくなかった。
「……おかしいよな、僕。」
頭ではわかってる。未来はただのゲームだ。
それでも会うことがやめられない。
彼女と会話して、笑ったり、怒ったり、ころころ変わる彼女の表情に、僕の心臓はあの日と同じように揺れ動く。
自分でも気持ち悪いって思う。
彼女に執着しているようで、こんなこと、智明にも言えない。
数日後、未来の希望で、放課後に映画館デートをすることにした。
最近はあまり映画に興味がなかったから、どれも知らない作品ばかりだったから未来に任せると、やっぱりアクションものだった。
前に見たのと似た設定で、主人公は気弱でどこからみても善人な男なのだが、ひょんなことから命を狙われてしまう。
男の命を狙いにきた女スパイだったが、男の純朴さに惹かれて恋をしてしまう話。
相変わらず大きな音や急な場面転換でビックリしていたけど、
「今回はポップコーンを買っていなかったから落とさなかったな。」なんて笑うと、少し驚いてから「もう慣れたからね!」と強がっていた。
「あの時、何味のポップコーン食べてたっけ?」
「んー、塩じゃなかった気がするな…。キャラメルかな…。」
「…そっか、そうだったね!今度はポップコーンも買おう!」
どうやら今回は買い損ねただけらしい。
前にポップコーンをもらって食べた時、手がベタベタしたからウェットシートをもらった記憶がある。
いつも持ち歩いてるって前に言ってたから、僕も鞄に必ず入れるようにしたんだった。
けど、未来の方が一足早く用意してくれるから、僕のウェットティッシュはいまだに未開封のままだ。
結構前から入っているから、もう乾いて使えないかもしれない。
「夏輝、カラオケ行かない?」
「いいよ。近くにあるかな…。」
未来と一度だけ行ったカラオケに行った事があるけど、お互い気恥ずかしくて、ほとんど歌わずに喋って終わったんだよな。
智明とはなんだかんだよく行っていたが、智明の熱量に押されて最後の方は聞き役に回っていた。
今度こそ、お互いに恥ずかしがらずに歌おうと話しながら、未来の案内でカラオケ店に行って、その日は夕飯前に解散した。
次の日、教室に着くなり未来が急いで駆け寄ってきた。
何事かと驚いていれば、何やら渡したいものがあるとのこと。
「夏輝っ。昨日、クッキー作ったんだ。」
渡された小さな包みを見た瞬間、
胸の奥に眠っていた記憶がふっと顔を出す。
未来に、告白された日のバレンタインデー。
ほんの少しの期待を込めて、手渡されたラッピングを開いた。
「ーーーっ。」
言葉にならなかった。
手元には、あの時と同じ、形が少しだけ崩れていて、ほんのり焦げたクッキー。
普通なら感じる違和感や怖さを、僕はもう感じない。
それ以上に“未来がこの世界で生きている”ことの嬉しさが勝ってしまったから。
あの日、未来(みく)に告白されたこと。
クッキーが歪で焦げていたことも。
……僕は、“未来(みらい)”に話していた。
今、僕を支配しているこの感情が、何なのか、自分でもわからない。
泣き叫びたいような。
嬉しくて笑いたいような。
でもどこか、切なくて空しいような…。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられて、ほんの少し感じた痛みを、僕は気づかないふりをした。
クッキーを1つ取り出して口へと運ぶ。
味なんてしない。
租借した瞬間、電子の粒子となって消える。
そのはずなのに、僕の口は味を思い出している。
ぞわっと全身に鳥肌が立つ。
それでも、騙されていく僕の脳に従うしかなかった。
この状況は僕が未来に望んだことだから。
嬉しそうに眺める未来を見ながら、僕もまた嬉しくなってクッキーを手に取る。
ひとつ、またひとつと口に運ぶ。
懐かしくて、嬉しくて、ほんの少しだけ視界が涙で歪んだ。
…あれ、そもそも未来と、なんで連絡がとれなくなったんだっけ…?
記念日の日帰り旅行も、しないままだった気がする。
なんだか、頭がぼんやりしていた。
あんなに大事にしていた思い出が、思い出せなくなっているーー。
未来と会えなくなったのいつから…?
どれくらいの期間いなかった…?
「…未来、そういえば…記念日のお祝いしてなかったよね?」
「…うん、そうだね。」
「ごめん、あんまり覚えてないんだけど、…なんで行かなかったんだっけ?」
「………え?」
僕の発言に、未来はひどく驚いた顔をした。
…もしかして、喧嘩をしたとか…?
覚えていないけど、反応を見る限り、地雷を踏んだかもしれない。
急いでこの話を変えようと口を開く。
「あ、いや、…ど、どこに行こうか…?夏だしプールとか海もいいね。」
「……うん。」
未来と視線が合わない。
怒らせてしまったんだろうか?
でも、怒るというよりは絶句したような、何かを悩んでいる様にも見える。
「み、未来…?」
「あ……、ごめんね。ちょっとぼーっとしちゃってた。プールいいね!」
不安げに名前を呼べば、いつも通りの未来がこっちを向いてニコリと笑った。
…さっきの未来、どうしたんだろう。
念の為に今後、記念日の話はやめておこう。
そのうち僕も思い出すかもしれないし。
どこのプールに行くか候補を挙げて、後で未来にチャットを入れておくことにした。
そんな日々を繰り返すうちに、大学も夏休みに入ろうとしていた。
ぼくは毎日未来と出かける時間をつくるために、バイトに行かなくなっていた。
元々惰性で続けていたからか、次第に無断欠勤するようになり、先週、店長からクビだと電話があった。
未練も湧かず「わかりました。」とだけ返事をしたが、むしろ未来との時間が増えたと喜ぶ自分がいることに苦笑する。
大学にも、顔を出さない日が増えた。
さすがに卒業できないのは困るから、単位だけはギリギリ落とさないよう気をつけながら通う。
まるでゲームのように繰り返される通学は、少し苦痛だった。
講義が終わって、すぐさま家へ帰ろうとすると、背後から声がかかった。
「夏輝。」
振り返ると、そこには智明が立っていた。
「……どうした?」
「……その、……大丈夫か?」
その言葉と、やけに深刻そうな顔つきが可笑しくて、つい笑ってしまう。
そういえば、最近は未来と遊んでばかりで、智明とは話していなかったかもしれない。
「何が? どうしたんだよ。」
「……それは、こっちのセリフだろ。バイトまで、辞めたって聞いた。」
「……ああ、まぁ。ちょっと忙しくて。」
「…忙しい…?」
智明の方を向きながらも、僕は彼の顔をまともに見ていなかった。
できるだけ早く答えて、どう会話を切り上げようか考える。
——早く、未来に会いたい。
今日はどこに行こうか。
僕は未来と毎日出かけていた。
最近は映画ばかりだったから、たまにはちょっと遠出してもいいかもしれない。
それとも、行けていなかった夏祭りの話を振ってみようか。
確か、前に「おばあちゃんから浴衣をもらった」って言ってた気がする。
何色だろう。いや、何色を着ても似合うんだろうな。
いつも下ろしている髪もアップにして、慣れない下駄で歩く未来はきっと危なっかしいんだろうな。
そんな妄想に心が浮かれかけたその時、
智明の声が、ぐいっと現実へ引き戻してきた。
「……夏輝、お前……ゲーム、やった?」
「ゲーム……? ああ、やったよ。意外と面白かった。クリアしたら返すって。」
ゲーム、と言われても、思い浮かぶものがなかった。
むしろ、今この世界の方が僕にとってはゲームみたいだ。
早く切り上げたくて適当に返事をする。
リュックに手をかけて帰ろうとすると、智明が僕の右手を素早く掴んだ。
その顔には、明らかな“不安”が滲んでいた。
「……なんだよ。帰りたいんだけど。」
「……あ、あのさ、……今年の墓参りは、いつ行くんだ?」
「……墓参り? お盆のことか?」
「……そうじゃなくて……、」
確かにお盆の時期だが、墓参りの話なんて、したことあっただろうか?
不思議に思いながら顔を見れば、目を逸らしながら言いにくそうに続けた。
「…………■■ちゃ■の、墓参り……。」
——ザザッ。
頭の中で、ノイズが走ったように、うまく聞き取れなかった。
まるで、この世界がゲームかのような演出。
……、ちゃん?
今……何て言った?
誰の……墓参りだって……?
……気味が悪い。
その後、智明は何度か口を開くけど、どんどんノイズと共に頭が痛くなって、何を言ってるのか全く聞き取れない。
僕は謝りながら手を振り払って、講義室を飛び出した。
―――怖い。
ただ無性に、怖かった。
得体の知れないノイズも、今息を吸ってる空気すら重たくて、気味が悪かった。
頭が痛い。
何故だか、聞いてはいけない言葉だった気がする。
ここは、本当に現実の世界なのだろうか?
もしかして、夢なんじゃないか?
……早く、未来に会いに行こう。
未来と話せば落ち着くかもしれない。
僕は助けを求めるように駆け足のまま、未来に会いに行った。