さよなら、未来

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新しい出会いにも興味を示さない夏輝は、どこか塞ぎ切っているようにも思えた。
そこで、たまたま新作の美少女恋愛シミュレーションゲーム『青春りすたぁと!』を見て、「これだ!」と思った。
好きなアイドルでもキャラクターでも作って疑似恋愛できる。
…まぁ正直この手のキャラクリエイトは慣れていないとできないと思うが。
希望があれば俺が代わりに作ることも出来る。
これで少しでも、前へ向ければいい。そう思っていた。

ところが、事態は俺の予想とは違う方に進んでいるようだった。
一見、夏輝は徐々に明るくなっていったように見えた。
以前の頃に戻ったように、少しずつ、生活を楽しめているような…、そんな風に思えていたが、何故かまた、春崎さんの話をするようになった。
あまり見なくなっていたスマホで、誰かと頻繁にやり取りをしているようだったし、学校に来る日も減った。
それに、突然、バイトもクビになったようだった。
あの真面目な夏輝が。
たまたま夏輝のバイト先へ顔を出した時に、共通の友人2人から、最近、様子が変だったと聞いた。

ー『ああ…、青山ね…。誰もいないのに誰かと会話してる時あったぜ。』
ー『マジ?でも、クビの原因は全然シフト入らなくなったからだろ?』
ー『理由?知らないけど…、最近あいつ、……ちょっと気味悪ぃよ。』

誰もいないのに…誰かと会話してる…?
そういえば、昔、そんな夏輝を見たことがある。
…そうだ、あの時、お墓で何かを話している所を見たんだ。
墓参りで報告とか、そんなのじゃない。
まるで目の前に誰かがいるかのように、対話をしていた。
あれは、…未来ちゃんがいなくなって半年くらいだったか。
…きっと、何かあったんだ。

ー『そういえばさ、あいつって彼女できた?』
ー『あ、なんか休憩中にデートスポットとか熱心に調べてたよ。』
ー『俺も見た!リストアップしてたよな。』

夏輝に…彼女…。
いや、そんなはずはない。
だって夏輝は…、夏輝の中にはまだ未来ちゃんがいるはずなんだ。
スマホのカレンダーを見れば、もうすぐ墓参りの時期だし、明日、夏輝と話そう。

翌日、すぐに帰ろうとしていた夏輝を呼び止めて、話をすることに成功した。
けれど、まるで俺の声なんて届いていないような、心が何処かに行ってしまったような夏輝を垣間見る。
名前を呼んで、反応がなかったのだ。
こんなにも、手の届く距離で呼んだのに。
だが、なんて切り出そうか迷ってるうちに、思わず口を開いて、ストレートに聞いていた。

「……その、……大丈夫か?」

すると、一瞬目を大きく開いた後、鼻で笑うように返された。

「何が? どうしたんだよ。」

「……それは、こっちのセリフだろ。バイトまで辞めたって聞いた。」

「……ああ、まぁ。ちょっと忙しくて。」

バイトもクビになったやつが、忙しいって?
時間を持て余してるはずなのに…?
返事の仕方と、まったく目の合わない視線で、話す気がないのは明らかだった。
詮索をしてほしくないような、何かを隠していると直感で気づくが、その何かがわからない。
かといって。友人として放っておくわけにもいかない。
…そういえば、あのゲームはやったのだろうか。
貸した日から、まったく話題に上らない。
とはいえ、手を付けていないなら返してくるだろう。

「……夏輝、お前……ゲーム、やった?」

「ゲーム……? ああ、やったよ。意外と面白かった。クリアしたら返すって。」

そう言ってリュックに手をかけた夏輝の右手を、咄嗟に掴んだ。
今の発言は、嘘だ。
彼女を作って学校の日常生活を送るだけのゲームに、クリアの概念はない。
一応一定条件を達成すれば、高校を卒業する仕様だが、その後もゲームは続けられる。
いわばスローライフゲームみたいなものだ。
夏樹の言葉は、まるで借りたものを返す気がない、小学生の言い訳のようにも聞こえた。

「……なんだよ。帰りたいんだけど。」

「……あ、あのさ、……今年の墓参りは、いつ行くんだ?」

「……墓参り? お盆のことか?」

「……そうじゃなくて……、」

すぐに帰ろうとする夏輝をどうにか引き止めようと別の話題を切り出す。
どうせ決めなきゃいけないことだ。
毎年の事を忘れたようにとぼけて言う夏輝に少し呆れながら、口を開いたが、一瞬、声が出にくかった。
出にくかった…?いや、出なかった、が正しいかもしれない。
喉に何かが引っ掛かって言葉が出ないような…。
何かに口を塞がれたような感覚にも思える。
まるで、言ってはいけないと、誰かに止められたかのようだった。

「…………■■ちゃ■の、墓参り……。」

かろうじて無理やり言葉を発したが、どことなく自分の声が違うように聞こえて、思わず眉根を寄せる。
電話やテープ音声のようで、自分の口から出た音には到底聞こえなかった。
夏輝も違和感を感じたのか、変な顔をした…かと思えば、急に頭を押さえて、怯えた顔を見せる。
…なんだっていうんだ…?
異常な反応に心配になり、もう一度声をかけて、一歩近づく。

「…夏輝?…おい、大丈夫か…?」

何度か話しかけるが、夏輝には聞こえていないようで、「ごめん!」と言って走っていく。
何が何だかわからず、俺は講義室に取り残された。
離れる寸前、夏輝が消え入りそうな声で小さく「未来。」と呟いた気がした。
…まさか。
漫画やアニメじゃあるまいし、幽霊が見えてる…なんてことはないよな。
冷房の所為か、それとも別の何かか、俺は少し寒気を感じて、急いで帰り支度をした。


未来に会いに行く途中、街並みがいつもと違って見えた。
建物の輪郭がところどころ電子世界のようにブレて、遠近感がぐにゃりと歪む。
すれ違う人々の顔は焦点が合わず、目や口の形は曖昧で、印象だけがぼんやりと残る。
誰一人として見分けがつかないマネキンのようだった。
視界の端に入った看板は、文字と記号の羅列のようで、元の看板も思い出せず。
コンビニの看板は、いつものカラーリングだけが滲んで見えて、文字などは存在しない。
道路の赤信号はずっと点滅を繰り返しているのに、車は止まらず通り過ぎていく。
まるで現実そのものが壊れているように思えた。
「ここは本当の世界じゃない」と告げられているようで、全身に得体の知れない不安が広がっていった。
さっき智明に言われた言葉も、もう思い出せない。
何を話した?どんな声色で?
思い出そうとするたびに、頭の奥で針が突き刺さるような痛みが走り、額に冷たい汗が滲む。

「……言ってた、はずだ。なんて……?」

呟いても、答えは返ってこない。
智明の声は霧のように溶け、掴もうとした瞬間に指の隙間から零れ落ちていく。
ズキズキとした痛みに負けて、もう思い出そうとすることすら、やめてしまった。
それなのに。

「未来……っ。」

つい口を滑らせて、名前を吐き出した瞬間、

「なに?夏輝。」

耳元で、はっきりと声が響いた。
僕は驚きで足を止めて振り返る。けれど、そこに未来の姿はない。
気の…せいか…?
そう片づけるには、あまりにも鮮やかで、鼓膜に焼き付くほどリアルだった。
心臓が跳ね、胸を押さえる。まだ声が残響のように響いている。

「……未来?」

もう一度、確かめるように呼べば、今度は通りすぎる女性の顔が一瞬、未来の横顔に見えた。
慌てて目を凝らすが、すぐに形はぼやけ、ただの特徴のない人の顔へと戻っていく。
首を回して辺りを見渡しても、どこにも未来はいない。
未来に会いたい。会いたいが故に、ついに幻聴や幻覚まで見えるようになったのだろうか。
けどこれが幻聴だとしたら、どうしてこんなに温かく、懐かしく響くんだ?
早く。
早く会いに行こう。
僕は、もうノイズに侵食されている。
看板の文字も読めないし、人の顔もわからない。
智明の声すら、霞んで消える。
けれど、未来の声だけははっきり聞こえるし、未来のことだけは思い出せる。
未来だけが、僕を助けてくれると思った。

「……もう、何も見たくない…。早く、未来のとこに…っ。」

わき目も降らずに、僕は駆け出した。
もつれそうになる足も無視して、学校へと、未来のいる教室へと走る。
ぐらぐらと世界が揺れているようでうまく走れないのに、何故か未来の待つ場所だけは鮮やかに浮かんで見えた。
息を切らして汗を垂らしながら、僕はただ、その光景を目指して駆け抜けた。

「…っ、未来……っ!!」

「夏輝!お疲れ様、……どうしたの?そんなに汗だくで…。」

僕は息を切らしながら、未来がいつも待ってる教室に着いた。
声をかければ、笑顔で振り返る未来だったが、僕の姿を見て驚いた顔をする。

「…変なんだ…。きゅ、急にノイズがっ、…智明が、何を言ってるか…わ、わからなくて…っ!」

「お、落ち着いて、夏輝。ノイズ…?私の言葉、わかる?」

未来に言われて、僕は息を整えようとゆっくりと息を吸って吐いてを繰り返す。
汗で張り付いた髪を払いながら、なんとか心臓落ち着かせると、未来の言葉を思い返す。
…大丈夫だ、未来からノイズは聞こえない。
かと言ってさっきのが気のせい…とは到底思えない。
スッと目の前にペットボトルの水が差しだされ、お礼を言って受け取った。
キャップを開けて勢いよく水を口に入れれば、火照った体が少しずつ内側から冷めていく。

「ありがとう…、……、…未来の声は、大丈夫。」

「そう…、良かった。…私の声は、聞こえてるんだね。」

安堵の表情を浮かべる彼女に、さっきあった出来事を伝えると、複雑そうな表情をされた。
息は少し落ち着いてきたけど、僕はまだ混乱していて、存在を確かめるように未来の手を握った。
暖かさを感じる未来の手に、軽く息を吐く。
ーー大丈夫、未来はここにいる。
自分に言い聞かせるように心の中で何度もつぶやいた。

「……夏輝、疲れてるんじゃない?最近バイトは?」

今度は別の意味でドキリと心臓が跳ねる。
そういえば未来にはバイトをクビになったことを言っていない。
まさか「未来と一緒にいたくてクビになった。」なんて言ったら真面目な未来のことだ、僕を叱るだろう。
とはいえ、これだけ頻繁に会いに来てるのだからバイトに行ってないことは薄々感づかれているはずだ。
就職活動だってろくにしていないのに…。
…就職活動、…そうか。
ふと、就活の事を思い出し、言い訳に使わせてもらうことにした。

「ほら、就職活動とか忙しくて…、やめたんだ。」

「そっか、そういうストレスとか疲れも、あったのかもね。」

ストレスや疲れ…。
確かに、そうかもしれない。
昔のことが思い出しにくくなっているし、たまに靄がかかったような時がある。
けど、本当に?
…ノイズなんて、現実で起こりうる現象なのか?
ひょっとして、僕は現実とゲームの世界を勘違いしてるんじゃないのか…?
いや、そもそも僕はゲームなんて長い事やっていないはずだ。
その後、未来と少し雑談をしていたが、家で休むよう勧められて今日は早めに帰宅した。

部屋に着いてからスマホを見ると、智明からチャットが入っていた。
ロック画面でもメッセージの内容は見れるよう設定しているはずなのに、
何故かメッセージが表示されないので、仕方なくロックを解除してチャット画面を開く。
メッセージを開いた瞬間、僕は言葉を失った。
『譛ェ譚・ちゃ繧 ■墓参り予定、21日に行■う。』
智明のノイズの走った言葉を思い出す。
メッセージの一部分がチャットで文字化けしていた。
思わず落としそうになったスマホの画面を消して、ベッドに放り投げる。
文字化けされたメッセージに返信する気にはなれない。
迷惑メールの類かも、と浮かんだが、墓参りなんて内容は今日智明と話した内容だ。
とすると、ノイズよりももっと気味が悪くなる。
こんな悪戯をするような奴でもないし、一体、何が起きているんだ…?

昔見たアニメか何かでも主人公の周りで不可思議な現象が起きるホラーテイストの作品があった。
友人の言葉が、急に宇宙人が喋っているように聞き取れなくなったり、街の看板が文字化けしていたり、空の色がおかしくなったり…。
最終的には人間が化け物に見えてしまい、正気を保てなくなってしまう。
どんなエンディングを迎えたかはうろ覚えだが、確か周りがおかしくなったように見えて、本当は主人公がおかしくなっていたオチだった気がする。
この場合、おかしくなっているのは智明ではなく、僕なんだろうか…?