さよなら、未来
12ページ
「……夏輝、なんか…、元気ない?」
霊園からの帰宅後、僕は久しぶりに未来に会いに行った。
あの後、智明が落ち着いてからバスと電車に乗りこみ、最寄り駅まで一緒に帰ってきた。
その間、智明はずっと無言だった。
最近はずっと未来のことで頭がいっぱいだった僕は、今日、久々に彼の顔をまじまじと見た気がした。
悲しいような、苦しいような表情。
いつも明るく、冗談を言ってくれる彼の面影が今はない。
―「……頼むから、気付いてくれよ……っ!」
涙ながらに訴える、あの声が、表情が蘇る。
…僕のせい…、だとは、思う。
けど、どうしたらいいのか、わからなかった。
……未来に会いたい。
この間まで避けていたのに、無性に彼女に会いたくなった。
彼女なら、僕のこの気持ちをどうにかしてくれる。
そう思って、ここへ来た。
「いや……ちょっとね。」
「私に話してみなよ。なんでも聞くよ?」
いざ未来を目の前にすると、話すことが憚られた。
何をどう伝えればいいのか。
そもそも、この話は未来に言ってもいいのだろうか…?
急に不安が押し寄せて、僕は開きかけた口を閉じる。
「……実は、……タロのストラップ、なくしちゃって……。」
少し悩んだ挙句、ストラップを失くした話をすることにした。
この話も未来には話しづらいことだが、無い事にいつ気づかれてもおかしくはない。
であれば、自分から話した方が良いと思った。
そういえば、霊園で聞こえた犬の声、どことなくタロの声に似ていた気がする。
今となっては記憶が薄くなってきているけれど。
「……、ああ、私が作ったやつ?夏輝がもう大丈夫なら、気にしないで。」
「…え!?でも……、」
何でもないように答えた未来に戸惑う。
内心、怒ってるんじゃないだろうか?
あんなに大切にしていたくせに失くすなんて、と。
「元々、元気を出してほしくて作ったんだから。」
「ねっ。」と未来は明るく笑った。
それでもやっぱり、大事にしてたからショックだ。
そして何よりも、その存在を忘れていた自分が信じられなかった。
あんなに大切にしていたものを、どうして忘れていたんだろう。
未来は気にしないで、というけれど、自分がどこかに忘れたとは考えづらいし、
ストラップの紐が切れて、どこかに落としてしまった可能性が高い。
……そういえば。
「柚原さん…。」
「え…?」
「あ、いや…、柚原さんって子が、お墓にストラップがあるとか何とか言ってたんだけど…、無かったんだよね。」
「…柚原さん、…?」
そうだ、未来の知ってる人かもしれないんだった。
「あ、覚えてる?柚原紗月さん。小学校が一緒だったらしいんだけど……、全然覚えてなくて。」
「…うん、覚えてるよ。」
『……まだ、未来のこと好きなの?』
あれは、一体どういう意味だったんだろう。
それと別れ際に呟いていた言葉、『もういないのに』。
そのまま台詞をくっつけてしまえば、
――未来はもういないのに、まだ好きなのーー?
考えすぎだ、聞き間違いかもしれないし。
頭をふるふると振って、考えを打ち消す。
…あれ、そういえば…、なんで未来は大学に行ってないんだっけ。
なんでまだ高校に通っているんだ?
「柚原さん、元気だった?」
未来に話しかけられてハッとする。
僕は今、何を考えていた…?
「…うん、元気そうだったよ。」
未来はここにいる。
それでいいじゃないか。
やっと、会えたんだから。
「……そんなことより、今日はどこ行く?」
未来が無理やり話題を切り替えたように見えたけど、僕もそれ以上は掘り下げなかった。
その日の夕飯は、未来といつものファミレスで。
彼女はオムライス、僕はハンバーグ。
いつも通り、半分ずつシェアして食べる。
「今度はお店のハンバーグみたいに、焦がさないように作るね!」
そう意気込む未来が可愛くて、つい笑ってしまった。
前に作ってくれたお弁当のハンバーグ、ちょっと焦げてたもんな。
食後のデザートまでしっかり食べてから、ファミレス前で別れることになった。
時計を見ればもう21時。
いつもより遅くなったし、家まで送ろうとしたら――、
「お父さんには内緒だから。」
未来は、前にも聞いたことあるような台詞で僕を制した。
手を振って別れながら、前にも、こんなやり取りをした記憶があった。
あれは、いつだったっけ……?
どこかで繋がっているような、過去と現在。
デジャヴのような感覚が、ふと脳をかすめた。
何故だか、このまま返してはいけない気がして、未来の腕を咄嗟に掴む。
「…夏輝?」
「…あ、」
驚いた顔をした彼女を見て、急に掴んでしまった腕を見る。
引き止めようとしたが、用事があるわけでもない。
何の言い訳も思い浮かばず、ゆっくりと手を放した。
「…もう暗いから、気を付けて。」
「うん、ありがとう。」
にこにこと笑顔で手を振る彼女。
姿が見えなくなるまで見送って、自分も帰路に着く。
家に着いてから、「着いた?」とメッセージを入れる。
そのまま時間が過ぎるか、一向に既読はつかない。
段々と不安に駆られて、僕は寝る前にもう一度「今日はありがとう。おやすみ。」とチャットを送った。
23時に送ったメッセージは既読にならず、その日、未来から連絡が来ることはなかった。
ーーー嫌な夢を見た。
未来が、どこにもいない夢だ。
夜に別れた後、朝になっても連絡がつかない。
ただただ、焦って、探して、見つからないまま、一日が過ぎるのを待っている。
ポコン、と通知音が鳴って目が覚めた。
現実のスマホに、未来からメッセージが届いていた。
よかった。未来は――ちゃんといる。
「おはよう!」という明るいメッセージに、「おはよう」と返す。
昨日のメッセージに関して、触れられることはなかった。
ふと、未来のアイコンに目がいく。
そういえば前は、お土産にあげたクマのアイコンだったんだよな……。
あれ?いつ頃アイコンが変わったんだっけ…。
画面を戻し、チャット一覧を開いてなんとなく下までスクロールしていく。
……ん?
「未来……が、ふたり……?」
妙に見覚えのあるクマのアイコン。
未来のアカウントだ。
今までやり取りしていた未来のアイコンはいつ撮ったかわからない、空の写真。
古い方のチャットの最新履歴には既読がついていなかった。
「…………こ、れ……、機種変、したんだっけ……?」
チャットが切り替わった記憶も、アイコンを変えた記憶もない。
ましてや、機種変した覚えも…ない。
指先が冷たくなるのを感じながら、僕は震える指でそっとクマのアイコンのチャットを開いた。
〈未読〉電話<キャンセル>
〈未読〉電話<キャンセル>
〈未読〉<おーい、寝坊か?>
〈未読〉<先行くぞ>
〈未読〉<大丈夫か?>
最新の僕のメッセージは、すべて未読のまま。
しかも――日付は5年前。
……5年……?
頭痛がして、思考がそこで止まる。
これ以上考えちゃいけない、と脳が訴えるようにズキズキと痛み出す。
僕は、何か大事なことを忘れてる気がする。
……思い出せない。
考えれば考えるほど、頭が割れるように痛くなっていく。
ふとカレンダーを見れば、今日は夏休み前最後の大学だった。
---
夏輝に話しかけられないまま、数日が過ぎた。
去年まで一緒に過ごしていた夏休みも、今年は会わないのかもしれない。
…どうすればいいか、何を話せばいいかわからなかった。
夏休み前最後の今日も結局どうすることも出来ず、講義が終わって直ぐに夏輝は帰ってしまった。
…帰る気になれない。
「ねぇ、青山くんの友達。青山くんの様子、おかしくない?」
ため息を吐いて頬杖をついていれば、目の前に女が立っていた。
柚原紗月だ。
「…冬川智明。」
「冬川くんね。私は柚原紗月。」
大方、俺の名前がわからないのであろう彼女に名乗れば、ご丁寧に名乗り返してくれた。
こちらは一歩的に名前と顔を知っていたが。
彼女は夏輝が好きらしい。
そんな噂を、何ヶ月か前に聞いた。
たまたま前を歩いていた女の子たちが話をしているのが聞こえただけなのだが、俺はチャンスだと思った。
夏輝が、立ち直るきっかけになるんじゃないかと考えたからだ。
…夏輝がショックを受けるのも仕方ないと思う。
なにせ、長年の片思いが実った、初めての彼女なのだ。
考えただけでも甘酸っぱくて、まるで少女漫画や映画でも見ているようだったのに。
付き合ってまだ半年前だった。
まるで七夕の織姫と彦星のように離されて、その時の夏輝は見ていられなかった。
「で?何で本人じゃなくて俺に言うわけ?」
「…多分、私避けられてると思うから。」
「っ!夏輝に何かしたのか…!?」
ガタンと席を立ち上がり、柚原を睨む。
その様子に少し驚きながら、柚原は俺から目をそらした。
「話を…、しただけよ。」
夏輝はお人好しの部類だ。
そう簡単に人を避けるような奴じゃない。
「…何を言ったんだ?悪いけど、夏輝を傷つけるような奴との仲は取り合わないぞ。」
「…っ、違う…!そんな事望んでない。ただ…。」
少し声が大きくなりかけたのを気にして、柚原は口を噤んだ。
まだ残っている学生はちらほらいる。
「…場所を変えよう。」
俺はバッグを掴んで裏庭へと向かった。
その後ろを、彼女がバツが悪そうな顔で着いてくる。
思った通り人気のない裏庭のベンチへと座れば、1人分以上の間を空けて柚原も座る。
警戒されているのだろう。
とはいえ、話かけて来たのは向こうだ。
「で?何言ったんだ?」
「…全部、話すわ。」
彼女の口から、小学生の頃の夏輝の飼い犬の話、この前夏輝と2人でした話が語られる。
冷静に聞いて、夏輝の為を思っていることは伝わった。
が、伝え方は良くなかったんじゃないかと客観的に感じる。
現実逃避ばかりしてるのは良くない。それはわかる。
けれど、いきなり現実というナイフを突きつけて責め立てても、
夏輝の心は傷つくだけで、下手したら壊れてしまうだろう。
俺は、夏輝の心が守られるなら、仮に嫌な思い出をどこかに閉じ込めてしまったとしても良いと思っていた。
…少し前までは。
最近の様子を見るからに、それは間違いだったかもしれないと思っている。
かといって彼女のやり方が正しいとは思えない。
「夏輝は…、大事な親友なんだ。」
生涯、こいつの脇役に徹してもいいと思えるほど、俺は夏輝の存在に救われた。
夏輝がいたから、楽しい学生生活が送れたんだ。
俺は小学生の頃から漫画が大好きで、小さい時は一緒に遊んでいた友人もいたが、高学年になるとガラッと雰囲気が変わった。
好きな漫画の話をすれば、周りから「子供っぽい」、「キモイ」と非難され始め、周りから友達が減っていった。
だからと言って、好きなことを辞めたくなかった。
友人を作るために趣味を諦めなきゃいけないのか?好きなことをやっちゃいけないのか?
だったら、友達なんてこっちから願い下げだ。
中学校に入ったらゲーム同好会に入った。
同じ1年生の奴はいなくて、オタクだという理由だけでクラスでいじめられているらしい先輩達が3人。
後は不登校の奴から名前だけ借りていて、いわゆる幽霊部員というやつだ。
幸い、俺は見た目が悪いからか表立っていじめてくる奴はいなかった。
目つきが怖いのか、直接文句を言うやつはいなかったが、陰口はよく叩かれていた。
そんな俺にやっと出来た友達なんだ。
夏輝は俺の好きなものを一緒に楽しんでくれる。
軽蔑するような顔もしないし、差別することもしない。
だからこそ、夏輝には、ゲームの主人公のようにハッピーエンドを迎えてほしい。
「この状況が良くないとは、俺も思ってる。」
「……なら、」
「だからって、傷ついてる人間に「逃げるな」っていうのも、酷な話だろ…。」
まるで、ゴールのない迷路を歩かされている気分だ。
解決策が見当たらない。
未来ちゃんなら、どうしていただろう。
こんな時、どう夏輝を励ますんだろうか。
「…未来の葬儀の時、あなたが青山くんに付き添ってるのを見てたの。それで…。」
「俺ならどうにかできるって?…はっ、随分と過信されたもんだ…。」
俺だってどうにかできるなら、どうにかしたい。
けど、今の夏輝は未来ちゃんがいない現実を拒否している。
柚原のように、いきなり現実を突きつけるのは得策じゃないだろう。
本人が、少しでもこの現実に違和感を感じていれば別かもしれないが…。
「この前、『青春りすたぁと!』貸してたわよね?」
「……お前、知ってんの?ギャルゲーなのに?」
「冬川くん…、まさか『女は少年漫画読むな』って言うタイプ?」
「それは……、ないけど。」
偏見だったかもしれない、と心の中で反省する。
男性向け、女性向けと分けるのはナンセンスだ。
ましてや多様性の時代、柚原が何を好きでプレイしてようと、別にどうということはない。
「アイドルとか…、かわいい女の子が好きなのよ…。」
少し気恥ずかしそうに、小さな声で柚原が言った。
俺もかわいい女の子は好きなので思わず頷く。
2次元限定だが、柚原の表情はまるでギャルゲーのスチルのみたいで、一瞬見惚れた。
「こ、このゲーム、他の作品のキャラに似せて作れるしな。」
「そうなのよね……! 私もちょっとやってみたけど、キャラクリだけで一日潰れそうだった……!」
「わかる…っ!!」
俺は力強く同意した。
ビジュアルの細かさだけじゃない。性格の設定も自由度が高くて、没入感がハンパなかった。
会話を重ねるうちにAIの彼女の精度も上がっていく。
まるで、相手が本当に「生きてる」みたいに。
中でも衝撃だったのは、購入特典のスマホ連携チャット機能。
朝や寝る前に「おはよう」「おやすみ」がランダムで届くし、他のメッセージにも規定時間内であれば返信が来る。
まるで、ほんとうに“彼女”とやりとりしてるようで――。
……似せて、作れる……?
……彼女と、やりとりしてるみたい……?
最近の、違和感を感じた夏輝を思い出す。
あいつが変になったのは、ゲームを貸してからじゃないか…?
さっきまでスルーしていた情報の断片が、じわじわと繋がっていく。
小さな違和感が、大きな確信へと変わりはじめていた。
信じたくないけれど、今までの違和感を考えれば納得がいってしまう。
まさか。
いや――、もしかして、夏輝は……、
「あの、馬鹿…ッ!!!」
「ちょっと、どうしたの……!?」
急に走り出した俺を、柚原が驚いた顔で追ってくる。
けれど立ち止まるわけにはいかなかった。
とんでもないことが、起きているかもしれないんだ。
「あいつ多分っ、……未来ちゃんを作ったんだ……っ!」
「……っ!!」
柚原は一瞬で理解したらしく、息を呑むように目を見開いた。
そして次の瞬間、彼女も俺と同じ速さで走り出した。
夏輝、俺には恋愛なんて画面の中で十分だ。
なにせ嫁が100人はいるからな。
好きなキャラと過ごす時間があれば、寂しくなんてないんだよ。
でも、…夏輝は違うだろ。
俺と同じじゃない。
お前には大切な恋人と現実を生きるんだ。
リアルで笑って、泣いて、恋をして…、そういう奴なんだ。
だから、戻ってこい。
痛くて、ツラいかもしれないけど、きっとお前なら乗り越えられるから。
一緒に泣いてやるから。
俺が未来ちゃんの分まで、何度だってお前の背中を押してやる。
だからさ、夏輝。
頼むから、現実に戻ってきてくれよ。