さよなら、未来

13ページ

私、柚原紗月の初恋は幼稚園の先生だった。
優しくてかっこいいお兄さん。
不器用で折り紙も折れなくて泣きべそをかいてる私に、優しく丁寧に教えてくれたのがきっかけ。
もちろん、そんな小さい恋は実ることがないまま卒園し、小学生2年生の頃、2度目の恋をした。
みんなに優しくて、笑顔が素敵なクラスメイト。
男の子なのにガサツで乱暴なところが一切なく、学校で飼ってる生き物に優しくて、
飼ってる犬と仲がよさそうに散歩しているところも、何度か見かけた。
みんなの意見をちゃんと聞いてくれて、何かあれば先生にも意見を言ってくれる、影のヒーローみたいだった。
3年生になってクラスは変わってしまったけど、ある朝、とても暗い顔をしている彼を見かけた。
本当は話しかけたかったけど、話したこともほとんどなかったし、遠巻きに見ることしかできなかった。
当時の私は、背も低くて太ってて、ダサい眼鏡と癖毛でクルクルの髪。
こんな見てくれの悪い私に心配されても嬉しくないだろうし、と勇気を出すことができない。
そんな弱い自分が、何よりも一番嫌いだった。

幼稚園の頃から仲の良い未来ちゃんが羨ましかった。
みんなから好かれてて、笑顔が可愛くて。
着ているお洋服も可愛いし、サラサラの髪も綺麗。
幼稚園の時の送迎に来る両親を見れば、愛されてることは一目瞭然。
私とは真逆のような存在だった。
昔は気づかなかったけど、小学生にもなれば家庭環境がなんとなくわかる。
自分は放任に近い両親から最低限の事はしてもらっていたけど、未来ちゃんのように保育園のお迎えで「ただいま」と両親から抱擁された記憶はない。
夏休みなどの長いお休みだって、旅行や遠出に連れて行ってくれたことはなかった。
だから、何もかも持っている彼女が許せなかった。
醜い嫉妬だ。

あの日、私が好きになった青山くんに、未来ちゃんは近づいた。
未来ちゃんは優しいから、ただの親切だったかもしれない。
それでも、私がしたくても出来なかったことを、彼女は簡単にやってのける。
下校する2人の後をつけて、青山くんの飼っていたペットが亡くなったことを知った。
写真を借りる姿を見て、私は直ぐに察しがついた。
手先の器用な彼女は、ビーズのブレスレットなどをプレゼントしてくれたことがある。
だからきっと、彼のペットをビーズで作るのだろう。
それは私には真似出来ないことだった。
3日後、この前と同じように2人の様子を伺うと…。
思った通り、ビーズで出来た犬のストラップをプレゼントしていた。
受け取った青山くんの満面の笑みを見て、心が押しつぶされそうだった。

ーー私が、彼の隣にいたかったのに。
未来ちゃんよりも先に、青山くんを知っていたのに。
私の方が青山くんの良いところ、知ってるのに。
なんで、未来ちゃんなの?
顔が可愛いから?
ビーズが上手だから?
青山くんも、未来ちゃんを好きになってしまうの…?

翌日、いつも通り休み時間に隣のクラスまで話しかけにきた未来ちゃんを無視した。
彼女はひどく困惑していた。
それはそうだ、だって私は彼が好きなことを教えてないし、思い当たることがないだろう。
だからってそれを素直に伝えるような性格はしていなかった。
次の日も、また次の日も、無視され続けた未来ちゃんは、そのうち話しかけてこなくなった。
私と話さなくても、彼女には他にもたくさん友達がいる。
私とは違う。
私には、未来ちゃんしかいなかった。
仲直りしないまま、小学校を卒業し、同じ中学を受験して、お互い合格したけれど、昔のように話すことはなかった。
高校は別々になり、未来ちゃんの事を少し、忘れかけていた時だった。
母親から、あの事件を伝えられたのは。

---

大学には行った。
けれど、内容はあまり記憶にない。
スマホのチャット…、未来の事が気になって、何も頭に入らなかった。
明日から夏休みが始まる。
そうしたら、毎日、もっと長く未来と会えるんだ。
僕は無意識に未来に会いに学校へ向かっていた。
その存在を確かめるように。

「…私、考えたんだけどね。」

「うん…、…何を?」

「智明くんと、ちゃんと話したほうがいいと思うよ。」

「え……?」

どうして急に、智明の名前が…?
会うなり、未来は妙なことを言い出した。
智明とのこと、話しただろうか?
…ノイズが聞こえた話しか、していないはずだけど。
そのことだろうか?

「だって、智明くんは夏輝の親友でしょ? ちゃんと、話した方がいいよ、絶対。」

親友……。
そうか。僕にとって智明は、親友だったんだ。
言われてみれば、未来以外に気兼ねなく連絡できる相手なんて、智明くらいかもしれない。
ノイズが聞こえたことも、正直に話したってきっと真剣に聞いてくれただろう。

そういえば。
昔、何かで落ち込んでいた時に、智明がずっと側にいて、励ましてくれて…。
…あれ、…なんで落ち込んでたんだっけ?
あの時、悲しいことが…あって…。
さっきも感じた、何か大事なことを忘れてる気がする。
…脳裏にかすかな記憶がよみがえり、断片的の映像が浮かぶ。
制服を着たみんなが集まって、たくさんの人が泣いていた。
……その途中で、僕も泣いてる……?
なんだ、それ。
そんな記憶、覚えにない。
思い出そうとするたびに、また頭痛が酷くなる。
記憶の中の僕は、タロのストラップを握って、何かを言っている。
そして、どこか、石の上にストラップを置いた。
…この場所、どこかで……。

「……夏輝、今日はもう帰ろう。」

「え、……未来?」

「ちょっと疲れてるみたいだし、智明くんにも連絡しなよ。……またね。」

未来は優しく、儚げに笑った。
どこか決意を込めた寂しさがチラついて、違和感を感じる。
気をつかってくれてるんだと思うと、少し情けなくて、でも嬉しくて。
複雑な気持ちを抱えながら、僕は未来と別れた。
…智明に、連絡するべきだろうか。
スマホを取り出して、静かに息を吐く。

「……あれ、ショートメール?」

今やチャットが主流な中、珍しい通知に思わず声が漏れる。
タップしてみれば、送信者には『未来のお母さん』の文字。

「……え? み、未来の……、お母さん……?」

そもそも、面識なんてほとんどない。
連絡先を交換した記憶すら曖昧だ。
話したこと、あっただろうか。
不思議に思いながら、震える手でショートメールを開く。

『毎年、譛ェ譚・の命日にお花をありがとうございます。
夏輝くんはお元気ですか?
大学4年生だと就職活動など、大変とは思いますが、頑張ってください。
今年も暑くなりそうなので、熱中症に気を付けてくださいね。』

……命日に、お花?
毎年……?
一部が智明の時と同じように文字化けされていて、一瞬体がこわばるが、何よりも内容が気になった。
メールを閉じて、過去のメールを探す。
未来のお母さんから来ているメールを片っ端から開いて確認する。
“お花、ありがとうございます”と、同じような文面が、4年前から、毎年贈られていた。
送信フォルダも確認すれば、全く身に覚えのない返信もある。

「……なんだよ、これ……。」

『一周忌』
『譛ェ譚・の命日』
『お花のお供え』

断片的な言葉が、圧倒的な質量で押し寄せてくる。
これじゃあまるで、未来が……。
いや、未来は……、
未来はあの時、とっくにーーーーーー。
理解しかけた瞬間、脳が悲鳴をあげた。
何者かに殴られたような鈍痛と、息苦しさ。
息ができない。
空気が薄い。
視界が滲んで、地面がぐらつく。
膝から力が抜けて、床に這いつくばり、苦しさに伸ばしかけた手を、僕は力なく下ろした。

(ーーもう、いいかーーーー。)

未来のいない世界を、僕は十分味わった。
まるで色の消えたようなこの世界から、もう、目を背けてもいいのかもしれない。
未来に、会いたいーー。
このまま楽になれば、もう一度未来に会えるだろうか。
僕は抗うことを諦めて、目を閉じた。
その時――。