さよなら、未来

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「夏輝っ!お前、鍵あいてんぞー!」

「お、お邪魔します…。」

両親が仕事でいないため、誰もいないはずの下の階からバタバタと人が入ってきた音が聞こえる。
迷うことなく足音はこっちに向かっていた。
ガチャ、とドアがノックもなしに無遠慮に開かれる。

「っ!おい!?夏輝!? 大丈夫かっ!?」

飛び込んできたのは智明だった。
…そういえば、彼は高校生の時、よく家に遊びに来てたっけ。
僕の姿を見るなり、心配そうにしながらも冷静に状況を確認していた。
流石だな…、なんて、どこか他人事のように感心する。
話したかったけど、呼吸もままならない状態では何も伝えることが出来ない。

「…っ、…、っ、ひゅっ………っ!」

「過呼吸か……!待ってろ!」

智明は周囲を見渡すと、机の上にあったコンビニのビニール袋を掴み、空気を入れて僕の口元にあてがった。
てきぱきと対応する彼に、何故か一緒にいた柚原さんが感心したように言った。

「冬川くん、よく対応がわかるわね…。」

「アニメゲームの知識も馬鹿にならないってことだよ。」

得意げに言う彼に彼女は半分呆れながらも、どこか優しい眼差しだった。
――前にも、智明にこうして助けられたことがあった。
あれは……何年前だったんだっけ……。
泣き崩れた僕に、智明がずっと隣にいてくれて、その時もたしか、唐突に過呼吸を起こしたんだ。
さっきも見た、僕が泣いていた記憶と結びつく。
少しずつ、バラバラだったピースが脳内で埋められていく音がした。

「落ち着いたか?」

「…ごほっ、助かった…、智明。…ありがとう。」

「ん。まぁ…、前もやったしな。」

「……前?」

僕が聞き返すと、智明は気まずそうな顔をした。
やっぱり夢なんかじゃない。
あれは僕の記憶なんだ。
僕に気を使っているのか、智明からそれ以上話すことはなかった。
…智明なら、過去を正しく知っているだろう。
たとえ、それが僕の望まない過去だったとしても、智明ならちゃんと伝えてくれるはずだ。
スマホでショートメールの画面を開き、智明の眼前に差し出した。

「智明、これ、どういうことかわかるか?」

「…っ、これ、は…。」

「未来のお母さんから、毎年来てるみたいなんだ。おかしいだろ?」

智明と柚原さんは無言で目を伏せた。

「僕は未来と毎日会ってるのに。これじゃあまるで…。」

目をそらしていた智明が、覚悟を決めたような目で僕をとらえた。
静かな、冷静な声で、僕の言葉を遮る。

「……夏輝、そろそろ、目を覚ませよ。」

「……智明?」

「お前が幸せならって、俺も少しは思っちまったけど…、やっぱりおかしいだろ、こんなの…!」

「智明、何を言って…。」

「……夏輝、未来ちゃんは死んでるんだよ…っ!!!」

遠くでキーーーン、と耳鳴りのような音が聞こえるが、ノイズは聞こえなかった。
はっきりと、智明の口から、"未来が死んでいる"と伝えられる。
受け入れたくない。
違う、あれは悪夢だったんだ。夢だったんだよ。
そうじゃなきゃ、おかしいだろ

「…じゃあ何か、あの墓地に未来の幽霊でもいたっていうのか?」

「……あそこには、未来ちゃんのお墓があった。」

「……未来、の…?だって、あそこには何も…!」

「お前、去年まで命日にちゃんと花を供えてたんだぞ。
今年は…、様子が変だったから、俺が代わりに供えてきた。」

……僕が、花を供えてた……。
記憶はない、けれど、薄々感づいていたこと。
未来のお母さんからのメールは、それで辻褄が合う。
けど僕は、ずっと未来と会っていたし、チャットもしていた。

「これならどう?」

困惑した僕を見かねて、ずっと黙っていた柚原さんがスマホの画面を見せる。
…お墓だ。
春崎家と書かれた、墓石。
スッスッと柚原さんが親指と人差し指で一部分をアップしていく。
お花を添える場所の隣に、何かが置いてある。
みるみる拡大されていくそれは、僕が探していたタロのストラップだった。

「なんで…!?そんなところに…。」

「…お前が置いたんだよ。『未来ちゃんのこと、見守ってあげてね』って。『寂しくないように』って…。」

ーー僕が…?
ズキズキと頭が痛むが、不鮮明だった記憶の真実を前に、もう構ってなどいられなかった。
2人の話を聞かないと。
ゲームではない、この現実を見ないといけない気がした。

「思い出せよ……、未来ちゃんとの最後のデート。」

「…最後って…。さっきまで……僕は、未来と……。」

「お前が会ってるのは、…未来ちゃんに似たAIだろ。
……夏輝、お前が作ったんだよ……!」

智明に投げて渡されたのは、ベッドに転がっていたゲームだった。
AI?……未来が?
ふと、脳裏に映像が浮かぶ。

―「また明日ね!」
いつかのデートで見た、別れ際の未来の顔。

―「またね。」
少し寂しげに微笑んだ、さっきの未来の顔。

どちらも“未来”なのに……、どこか、違う。
声が、表情が、記憶の中と違う。
最近の未来の声は少し…、……温度を感じない。
―いつから?
既読のついていない未来との古いチャットと、会話のかみ合わない最近の未来とのチャット。
僕と同い年なのに、いまだ高校に通い続けている未来。
時折、時が止まったように、動かなくなる未来。
僕の知ってる過去しか、記憶にない未来…。

「ぁ……、ぁあ・・・・っ」

―「…本当は“未来(みく)”って読むんだね。」
脳裏に浮かんだ声。
そう言った彼女は、未来に似ていて、でも、未来じゃなかった。
―「私に、“未来(みく)さん”とのお話……、もっと聞かせて?」
まるで未来(みく)の代わりになるとでもいうような、未来(みらい)の提案。
それを受け入れたのは、僕だ。
未来の死から目をそらした僕が、

「……僕が、…つくったんだ……。」

僕はヘッドセットを握りしめて、崩れる。
そんな僕を、2人は静かに見下ろしていた。


その晩、僕は夢を見た。
未来と連絡が取れなくなった2日後。
下校中、僕のスマホに未来から着信があった。
僕は急いで電話に出たが、聞こえたのは未来ではなく、年上の女性の声だった。

「青山…夏輝くんですか?」

「はい。あの、未来は…?」

「私は、…未来の母親です。」

「え、あ…、えっと、いつも未来さんにはお世話になってます!あ、青山夏輝です。」

僕は焦って、名前を聞かれたのも忘れてもう一度名乗る。
まさかお母さんから電話があるとは思わなかった。
たしか、僕たちが付き合っていることを、お母さんだけは知っているはず。

「こちらこそ、いつも娘がお世話になって…。」

そこで、言葉が途絶える。
電話が切れたわけではない。
周りのちょっとした雑音は聞こえ続けている。
ただ、声が少し、涙声に聞こえた。

「…ごめんなさい…。っ、娘が、一昨日、の夜っ…、く、…車にひかれて…。」

聞こえた言葉に血の気が引いた。
車にひかれた?
…未来が?
僕には何が起きてるかわからず、道端で立ち止まる。

「ーーーーー亡くなり、ました…っ。」

―頭が真っ白になった。
その後、未来のお母さんと何を話したか覚えていない。
どうやって家に帰ったかも、何もかも。
ただ、未来が死んだ、という事実だけが身体に深く突き刺さった。
実感なんて湧かない。
明日になったら会える気さえあった。
また、いつもの笑顔で「おはよう」って。

翌日、待ち合わせ場所に今日も未来は来ない。
…当たり前だ。
昨日の電話が真実なら、未来がここに現れることは、二度とないだろう。
嘘のはずがない。
だって未来のお母さんから連絡が来たんだ。
わかってる。これは真実で、現実だ。
ただ、どうしても信じられなくて、僕は教室に着いても、未来の姿を探していた。

気づけば僕の目の前には、白い棺と、未来の写真を持った未来の母親らしき人がいた。
棺の中を見たら、もう戻れない。
見たくなかった。
受け入れたくなかった。
未来が、本当にいなくなってしまう気がして。
必死に涙をこらえていたけれど、翌日の花入れで僕は泣き崩れた。
智明がずっと隣で支えてくれたけど、限界だった。
花を入れに行けば、嫌でも目に入る未来の顔。
僕は足元しか見ないようにして、花入れを済ませた。
記念日の日帰り旅行だって、まだしてない。

あんまりだ。
未来が何をしたっていうんだ。
棺の蓋が閉められ、火葬炉に連れて行かれる未来を、僕は直視することが出来なかった。
本当は、あの棺の中身は未来じゃないんじゃないかと、何度も思った。
僕が見た最後の未来は、笑顔でまた会うことを約束していたんだから。
未来は、約束を破るような子じゃないから。
目を閉じれば、何度でも鮮明に思い出すことができるのに。
目を開けば未来の姿はどこにもいない。
未来の死因は轢き逃げによる事故死で、犯人は捕まっていないそうだ。
今ものうのうと、この世界で息をしているんだろう。

未来のお母さん達は、僕の事も気遣ってくれた。
別れ際に、「いつも夏輝くんとどこに行ったって、何して遊んだって、楽しそうに話すの…。
本当に…、…本当にありがとうね。」と涙ながらにお礼を言われた。
じわじわと、真綿で首を絞められているような気分だった。
……いっそのこと、「お前のせいで死んだんだ」と、責めてほしかった。
ナイフで刺してくれたらよかった。
言葉でもいい。僕が悪いんだと、言ってもらえたら…。
そうしてくれた方が、幾分も気がマシだった。

―もっと早く家に帰していれば。
―僕が家まで送っていれば。
彼女は、死ななかったかもしれない。
僕が、選択を誤ったせいで。
未来は、僕のせいで死んだんだ。
目の前が真っ暗になった。

また気が付くと、以前見た霊園にいた。
目の前には、なかったはずの墓石。
いや、柚原さんも、智明にも、見えていたんだ。
僕だけが、現実から目をそらして、見えないふりをしていた。
自分の意志とは関係なく右手が動き、供えられたお花の横にタロのストラップを置いた。
お線香をあげて、僕は泣きながら手を合わせる。
こんな僕を見て、未来はなんて思うんだろうか。
彼女のことだから、「しっかりしてよね!」なんて、明るく背中を叩くのかもしれない。
きっとそうだろう。
…いつだって彼女は、僕より…ずっと、未来を見ていたから。

これが、本当に夢なら良かったのに。
ただの悪夢だったって、笑い飛ばせれば、どれほど良かっただろう。
信じたくはないけれど、見覚えのあるこの映像。
これは間違いなく、僕の記憶だった。