さよなら、未来
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あれから、現実から逃げるように、僕は毎日未来に会いに行った。
未来はそんな僕のことを見透かしているようだったが、とても優しく寄り添ってくれる。
夏休みに入って、就活の上手くいっていない僕を励ましてくれたり、智明との仲も心配してくれる。
僕の知っている、未来。
その言葉も、考え方も、仕草も全部。
…本物の未来にしか、思えない。
僕にとって、隣にいる彼女はAIなんかじゃなかった。
1人の、感情を持った人間にしか見えなくて、だからこそ僕は心酔した。
それはそうだろう。
だって、この未来は、僕の記憶で出来てるんだから。
今日は2人で、電車に乗って海を見に来た。
夏休みなのに車内は混雑しておらず、僕たちを見つめる人はいない。
海に着いても、海水浴客が数組程度しかいなかった。
そういうプログラムなんだ。
頭ではわかっているけれど、目の前にいる未来が現実だと錯覚してしまう。
「未来(みらい)、付き合わせてごめん、ありがとう。」
「……夏輝、無理はしちゃ駄目だよ。」
「…うん、大丈夫。今はだいぶ、……すっきりしてるんだ。」
未来(みく)はもう、この世界にいない。
彼女がいないことは、ちゃんと理解している。
彼女の死を、受け入れ始めている。
線引きが出来るようになって、精神的にも安定した。
僕は『亡くなった未来に似せたキャラクターをゲームで作って、会いに来ている』んだ。
どんなに揺らいでも、この事実さえ忘れなければ、大丈夫。
……そう、大丈夫な、はずなんだ。
「私は、………夏輝が好きだよ。」
バレンタインに告白をされた時の姿を思い出す。
真っ赤になって、失敗したクッキーを渡してきた未来(みく)。
今、目の前にいるのは夕日に赤く染まったAIの未来(みらい)。
2人は違う存在のはずのに、僕には姿が重なって見えた。
今、目の前にいるのはAIだ。
けれど、ほんの少し、本当は未来の意識が、あるんじゃないかと期待してしまう。
それを何度も何度も繰り返す。
泣きたくなるような目頭の熱さに、下唇を噛んで耐えた。
「だから…、帰ろう。夏輝。」
その声は、いつもの未来と違った。
いや、声だけじゃない。
どこか儚く、寂しい笑顔。
…彼女は、こんな笑顔で笑ったことがあっただろうか。
ふと、目を閉じれば浮かぶ未来の笑顔は、もっと明るく、はつらつとしている。
「…未来?」
「夏輝には、待ってる人がいる…。きっと、戻った方が良いと思うの。」
「…み、未来、…いやだ、僕は…っ。」
何かを悟ったような未来が、僕を優しく見つめる。
きっと、僕の声は未来に届かない。
どうしたらいい…?
未来まで、僕から離れてしまうなんて。
どうして。
焦燥感に胸が締め付けられて、未来の手に縋りつく。
「じゃあね、…夏輝。」
未来は僕を優しく抱きしめた。
最後に聞こえた声は、震えていた気がした。
ふわりと風に舞った彼女の髪が、鼻をかすめる。
仮想空間では、匂いはしないはずなのに、懐かしい香りがして、未来の輪郭を鮮明にする。
本当に、目の前にいる未来はAIなのだろうか?
やっぱりーーー。
何度も否定したのに、それでも淡い期待が胸を打つ。
「……大好きだよ。」
口を開こうとした瞬間、僕は未来の告白と同時に、華奢な手に突き飛ばされた。
掴んでいたはずの未来の手はいつの間にかすり抜けていて、
突き飛ばされた先には真っ暗な暗闇が深く下に続いている。
足場が崩れて落ちる感覚にひゅっと息を飲む。
未来に向かって伸ばした右手は何も掴めずに空を切るも、手の甲に未来の流した涙が触れた気がした。
落下の感覚から、すぐに目の前が真っ暗になり、ベッドで目を覚ます。
…強制的なログアウト、つまり、ゲームから追い出された。
そんなこと、可能なのだろうか。
まるで、未練が残っている僕をわざと突き放すような、あの背中を押す感覚はどこか覚えがある。
泣きながら、笑っていた未来。
最後に触れた彼女からは、どこか人肌のぬくもりを感じた気がした。
そう、思い込みたかったのかもしれない。
僕はベッドに横たわったまま、ゆっくりと目を閉じる。
右手の甲は、ほんの少し湿った感覚がした。
「夏輝、…おはよう。」
「………おはよ。」
「休みボケか?」
「…してないよ。」
休み明け、大学へと向かえば入口で智明とばったり会った。
あれ以降、智明にも未来の話はしていなかった。
面倒見のいい性格上、どうしてるか気になっているだろうに、僕を気遣ってか話題に触れてくることもない。
律儀な奴というか、なんというか…。
つい少し呆れたような笑みを溢しながら、智明に内心感謝していた。
なんとなく、いつもの日常を感じれて、ほっとする。
多分、それはお互い感じていて、顔を見合わせて少し笑う。
講義室へたどり着くと、後ろから声をかけられた。
「青山くん、おはよう。」
「…お、はよう、柚原さん。」
「ついでに冬川くんも。」
「俺はついでかっ!!」
僕は少し驚きながら柚原さんに挨拶を返す。
智明は「席取ってるな!」と、ちょっと拗ねたように机の方へ行ってしまった。
それにしても、2人ってそんなに仲が良かっただろうか?
不思議に思いながら柚原さんを見れば目が合ってしまい、にこりと微笑まれた。
「来て早々ごめんね、話があるの。」
そう言われて、人気の少ない方へ歩いていく彼女に着いていく。
柚原さんは歩きながら「夏休み何してた?」と当たり障りのないことを聞いてくる。
あんなことがあったのに、未来と会ってた。とは流石に言えなかった。
どう返せばいいか悩んでいると、柚原さんは急に足を止めてこちらを振り返る。
「あのね、青山くん。…私、青山くんの事が好きだったの。」
「………え…!?」
「あなたが春崎さんしか見てないのは知ってる。でも、もう5年も経ってるし、………だめかな。」
「………っ、…ごめん。」
「………うん、…やっぱり、そうよね。」
まるで答えを知っていたかのように、彼女は爽やかに笑った。
僕はまだ、未来のことが好きだ。
多分、この感情を失うことはないのだろう。
「…あの、」
「でも、……青山くんはいつまで春崎さんに囚われてるの?」
「……え。」
囚われてるなんて、そんな風に思ったことは一度もなかった。
未来を想ってるのは誰に言われた訳でもない、自分の意志だ。
それに、未来だって本当は、うじうじした僕を見ていたくないだろう。
「ち、違う。そんなこと…。」
「ないって言える?本当に?」
柚原さんのまっすぐな視線が、僕に突き刺さる。
嘘は言っていない。
それなのに、自分が間違っているような、責められている気持ちにさせられる。
上手く反論することもできなくて、僕は目をそらして頭を下げた。
「……………ごめん。」
どちらとも答えず、柚原さんの視線から、また逃げ出した。
罪悪感でいっぱいだったけど、僕にはどうすることも出来なかった。
未来を忘れて付き合うことも、未来の死を受け入れて他の人と付き合うことも、僕には出来ない。
どちらも、正しいことだと思えない。
後ろに数歩下がってから、来た道を早歩きで戻っていく。
逃げだした僕の背中に、視線は刺さらなかった。
「嘘つき。…否定するなら…、少しくらい人の気持ちも考えなさいよ……。」
視線を地面に向けたまま、青山くんが去ったのを感じて文句を吐いた。
あの時から、可愛い未来の隣に立つのが嫌いだった。
幼稚園から一緒だったけど、私は未来とは違う自分の癖毛や低い鼻、低い声、眼鏡も大嫌いだった。
だから、絶対未来とは同じものを選ばなかった。
未来が髪を伸ばすなら私はショートにするし、未来がピンクが好きなら私はブルーを選んできた。
好きな子を取られたからって一方的に突き放して、そのまま、未来はこの世を去った。
勝ち逃げされて、もう勝つことも叶わない。
謝ることも、仲直りすることも、二度と。
「だから嫌いなのよ…、未来…。」
吐き捨てるように呟いた彼女の声は誰にも届かなかった。
―彼女もまた、未来に囚われたひとりだったのかもしれない。