さよなら、未来
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前回のログインからはもう、1か月が過ぎている。
きっと、未来はもう僕が来ないと思っているだろう。
久しぶりに会えると思うと、嬉しさと少し緊張が入り混じる。
少しのロード画面の後、目の前には何度も見た教室が眼前に広がった。
夏休みが終わり、残暑の残る教室で窓から外を眺めている未来がいる。
その後ろ姿がなんだか寂しげで、
伸ばしかけた手を下ろして、ゆっくりと口を開く。
「……みらい。」
「…えっ、…夏輝…!?」
緊張で口が渇いて、かすれた声が出た。
振り返った彼女は、まるで幽霊でも見たかのように驚いた顔で僕を見る。
僕が来ることを、予想していなかったらしい。
思えば、未来(みらい)は僕が現実逃避していくことをよく思っていなかった気がする。
…あの時もそうだ。
―「…未来、そういえば…記念日のお祝いしてなかったよね?」
―「…うん、そうだね。」
―「ごめん、あんまり覚えてないんだけど、…なんで行かなかったんだっけ?」
―「………え?」
あの時の未来は、酷くショックを受けていたようだった。
あれは僕が思い出を忘れて事に驚いたんじゃなくて、僕が未来(みく)の死を忘れ始めたからだ。
未来(みらい)は僕が未来(みく)のことを忘れていくのを、防ごうとしてくれていた気がする。
ノイズが聞こえ始めた時も…。
―「ありがとう…、……、…未来の声は、大丈夫。」
―「そう…、良かった。…私の声は、聞こえてるんだね。」
あの、残念そうな表情。
本来なら安心してもいいところなのに、彼女は心底悲しそうな顔をした。
あれも、現実を拒否し始めた僕に、危機感を感じてくれていたのだろう。
―「智明くんと、ちゃんと話したほうがいいと思うよ。」
だから、智明と話すように勧めたんだ。
ちゃんと現実に戻そうと。
智明なら、僕を助けてくれるだろうと、未来はわかっていた。
そして最後に…。
―「帰ろう。夏輝。」
―「…未来?」
―「夏輝には、待ってる人がいる…。きっと、戻った方が良いと思うの。」
―「…み、未来、…いやだ、僕は…っ。」
―「じゃあね、…夏輝。」
僕を強制的にログアウトさせた。
待ってる人、恐らく智明に僕を託そうとしたんだろう。
未来が、未来の気持ちとして言ってくれているのか、AIの模範解答なのかはわからない。
ログアウトもチャットにおける追い出しみたいなもので、本当はすぐにでも再ログイン出来たのだろう。
けど、僕は心の整理をするのに、1か月もかかってしまった。
教室で佇む彼女は、この世界に一人で取り残されたような儚さがあった。
僕がいない間、いつもこうして待っていたのだろうか。
一人きりで、この世界を過ごしていたのだろうか。
「夏輝、どうしたの?…何か、あった?」
直ぐに駆け寄ってきた未来の瞳が、不安げに揺れる。
心配する未来をよそに、僕は首を横に振って、いたって普通に返した。
「全部思い出して……、未来に会いに来ただけだよ。」
「……そんな、………どうして…。」
僕が来たことを喜ぶではなく、むしろ残念そうに思っているような、眉を下げて少し青ざめた顔で僕を見る。
来てほしくなかった、と未来の目が物語っていた。
未来の想いは、わかっている。
現実に目を向けてほしいんだろう。
この、作られた世界に囚われず、現実を見てほしいということは、理解している。
「実は、未来(みらい)に見てほしいものがあって…。写真なんだけど。」
「………写真?」
予め、ゲームとスマホを同期しているから、この世界のスマホを開けば画像フォルダを共有することができる。
僕はスマホで田舎の写真を表示して、未来に見せた。
「ほら、前に未来、田舎を羨ましがってたから。僕のおじいちゃん家の畑とか景色の写真。
…本当は、あの時に見せようと思って撮ってたんだけど…。」
「わぁ…!すごい自然がいっぱいなところだね。空気が美味しそう。」
僕は横にスライドさせて、畑の写真、じいちゃんの家、収穫した野菜、綺麗な夕焼けの写真を見せていく。
そういえば、翌年、未来が亡くなった年の帰省は、ちょっとした傷心旅行のようで、じいちゃんとばあちゃんがとても優しかった。
元々優しい2人だけど、多分、お母さんとかから事情を聴いたのだろう。
何も聞いては来なかったけど、僕に気を使って甘やかしてるのは直ぐにわかった。
おばあちゃんは僕の好物ばかり作るし、おじいちゃんはやたらと欲しいものを聞いてきたり、お小遣いを余分に渡そうとしてきたからだ。
嬉しい反面、申し訳なくって、心配かけないよう、なるべく笑顔を作っていたけど、バレていたんだろうなぁ。
そんな感傷に浸りながら、僕は目の前に立っている未来を縋るような思いで見つめた。
「…ねぇ、未来(みらい)。…未来(みく)なら…、なんて言うかな…。」
スライドさせる指を止めて、僕は絞り出すような声で未来に聞いた。
スマホを持つ手が震える。
改めて口に出せば、この期に及んで、未来(みらい)を否定するような台詞だ。
自分でも最低だと思う。
情けなくて、居たたまれなくて、顔があげられない。
未来の顔を、直視することができなかった。
「…私も、行ってみたいな!」
明るく笑う未来の反応に、僕は口を噤んだ。
表情も話し方も、未来にそっくりではある。
でも、違う。
さっきまでいろいろと反応を想像していたが、いざ、第三者から反応を予想されて違和感しかなかった。
僕の知ってる未来は、
僕の好きな未来なら、きっと、こう言うんだ。
―「来年は、私も一緒に行きたい。」って…!
……来年は一緒に、なんて、未来(みらい)が言えるわけがない。
だって彼女は、未来(みく)に似せてるだけで生きている人間じゃない。
この仮想空間でしか生きられない、AIなんだからーーー。
その言葉がストン、と体の中に埋まっていく。
そうだ、未来は生きてない。プログラムされた存在だ。
「…夏輝?」
これからの未来はつくれない。
出来るのは、僕の記憶から作られる未来だけ。
あくまで僕の知っている未来しか、つくれない。
「…そう、だよな…。」
きょとん、としたままの未来にまっすぐ向き直り、僕は深く、頭を下げた。
それでも、僕の心は未来に救われた。
僕の記憶にしかなかった未来を象ってくれたから、僕は疑似的に会話ができて、触れることができた。
思い出だけでは埋められない喪失感を、優しく埋めてくれたんだ。
僕に寄り添ってくれた、未来へ。
大切な人との思い出を、嘘でも、見せてくれた君へ。
「僕の為に、未来(みく)になってくれて、…ありがとう。」
「……夏輝。」
「悲しいからって、現実から目をそらしても何も変わらないのに、僕は現実から逃げていた。」
喪失感は消えない。
選択肢を間違えてしまった罪悪感と後悔も。
一生治らない傷となって僕の心に刻まれているだろう。
それでいいんだ。
消す必要はない。
後悔も、未来への想いも、すべて受け入れる。
忘れる必要なんてない。
それを含めて全部が、未来との大切な思い出だから。
「でも、もう大丈夫。僕を救おうとしてくれて、ありがとう。」
「……うん…、よかった…。」
未来は目を閉じて、静かにぽろぽろと涙を流す。
その姿に、僕はさっきの違和感も忘れて未来を重ねてしまう。
まるで恋人にするかのように、僕は手を伸ばして彼女の涙をぬぐった。
零れ落ちる涙は温かさを残して、音もなく消えていく。
「僕の大切な人(未来)は、ずっと僕達の中で生きてる。」
だからもう、世界は2つもいらない。
未来との大切な思い出は、僕の中にたくさんある。
消えることなく、これからもずっと。
来年も再来年も、僕はもう忘れないだろう。
そして、彼女の中にも、未来はいる。
僕は胸が温かくなるのを感じて、撫でるように手を置いた。
きっと、これでいい。
目を閉じればいつだって、あの愛おしい笑顔が焼き付いている。
僕は一呼吸おいて、ゆっくりと目を開ける。
これで、いい。
これでいいはずなんだ。
自分に言い聞かせるように何度も呟く。
未練を断ち切るように。もう二度と、忘れてしまわないように。
「…さよなら、未来ーー。」
消え入りそうな細い声、けど、確かな決別の意志を含んだ僕の声に、彼女は目を見開く。
ポケットに入れたスマホが数度震える。
一瞬、ポケットに手を入れ取り出そうとして、やめた。
多分、智明からのチャットだろう。
ー「夏輝には、待ってる人がいる…。きっと、戻った方が良いと思うの。」
…あのとき、未来が言った言葉が静かに蘇る。
風のない夜の海のように、ひどく穏やかな気分だった。
隣にいる未来は僕を見て、ほんの一瞬だけ泣きそうな顔をした。
けれど次の瞬間には、いつもの笑顔を浮かべる。
僕の出した答えを、未来(みらい)がどう思ったかはわからない。
わからないけれど、未来の目が「夏輝が出した答えならいいよ。」そう言っているように感じた。
元々プログラムされたAIがそうさせているのか、それとも……。
僕は未来の手を握りしめて、ゆっくりと歩き出す。
ヘッドセットをつけて横たわる僕は、手のひらに乗せたタロを軽く握りながら、自然と笑みがこぼれる。
現実へ向かう一歩なのか、仮想に残る一歩なのか。
僕の踏み出した足がどちらの世界に向いていたのか、まだ僕と未来しか知らない。
おわり