今日も黒煙は昇る
また、人が焼かれていく。
建物から昇りゆく黒煙を見上げて、俺は白煙を吐き出した。
毎日どこかで、人が死んでいる。
そんな当たり前のことを、普通の人は気に留めない。
けど、俺らは毎日のように、その当たり前を感じている。
亡くなった人が送られる場所、火葬場。
ここで人は亡骸を焼かれ、変わり果てた骨の姿となって帰ってくる。
俺はこの時間が一番苦手だ。
息を引き取ってすぐは、まるで寝てるようにも見えて、
そのうち起き上がってくるんじゃないかと、いつも思う。
そして、搬送の際。
触れるたびに、ああ、ご遺体だ。と痛感するのだ。
「お前、この仕事が嫌な仕事だと思ったことあるか?」
齢50歳を越える先輩が、火葬の待ち時間で聞いてきた。
葬儀屋が嫌な仕事?
そりゃそうだ。
人を弔ってお金をもらってるんだから。
命を救う医者とは雲泥の差。
喜ばしいことじゃないのに、人が亡くならないと収入がない仕事なんて、
どう考えても心象が悪い。
ただ、それは一般論である。
俺はこの仕事が好きだ。
大切な人の最期のお見送り。
そのお手伝いをすることに、何よりもやりがいを感じている。
だから、俺の答えとしてはノーだ。
「いいえ。」
そう答えた僕を、先輩は笑った。
…いや、笑ったのだろうか?
どこか泣いてるようにも見える表情だった。
「お前もいずれ、思う時がくるよ。」
煙草を灰皿へと落として、先輩は黒煙を見上げる。
「そろそろ終わるな。」
そう言って、先輩は親族の控室へと歩き出す。
実際は時計を確認して、火葬時間を考えての発言だったと思うが、
俺には黒煙を見ただけで状況が解るような、プロの葬儀屋に思えた。
「先輩、さっきの、どういう意味ですか?」
収骨が終わり、葬家のご自宅で後飾りも終えて会社に戻る途中。
俺は気になって運転中の先輩へ話しかけた。
ちらり、と俺を横目で見て、直ぐに視線を前に向ける。
薄く口を開いた先輩は独り言のようにポツリと話し始めた。
「俺はな、この仕事が好きなんだよ。」
この仕事に、誇りを持ってる。
人は亡くなると、物扱いになるんだよ。
生きてりゃ客を乗せる。死んだら寝台車で運ばれる。
俺たちがどれだけ丁寧に扱ったって、車から見りゃ荷物だし、
念仏唱えて報われる保障もねぇ。
死人に口無し。
何されたって、ご遺体が文句を言うことはねぇ。
だからこそ、俺は人として丁寧に送ってやりたいんだ。
頑張って生きた人生、最期まで、俺はしっかりと見送りたい。
でもな、
何年か前の話だ。
俺は長いこと、この仕事してるが、あれほど辛かったことはねぇ。
一番の親友が亡くなったんだ。
まだ四十代でな。
バイクの事故で、誰もあいつが死ぬ予想なんて、していなかった。
厄介なことに、あいつがたまたま俺の名刺を持ってた所為で、親から依頼の電話が来たんだ。
説明したよ。
「俺は親友で、友人として見送りたいから、他で頼んで欲しい。」って。
そしたら、あいつの親、俺のこと知っててさ、言うんだよ。
「息子もきっと、あなたに頼みたいだろうから、お願いします。」
いや、わかるよ。
知り合いならぼったくられたり、雑に扱われる心配は低いだろうし、
知らない人より知ってる奴に任せたいだろう。
ただな、俺だって人間だからさ。
最期くらい、“友人”としてお別れをしたかったんだよ。
他の人とは違う、どこか線引された立ち位置で、俺は火葬まで涙を堪えた。
辛かったよ。
この日ほど、嫌な仕事だと思ったことはない。
それでも、これがこの仕事なんだよ。
「嫌な仕事だろ?」
皮肉めいて笑う先輩に、返す言葉が見つからなかった。
自分も、いつかそう思うのだろうか。
その時が来たとき、俺は葬儀屋として、立っていられるんだろうか。
もし、親が亡くなったら。
当たり前に、自分が引き受ける気だったけど、
悲しむ暇なんてあるのだろうか。
それでもきっと、仕事を辞めたいと思わないのだ。
俺も先輩も。
先輩は、いつの間にか咥えていた煙草を口から離し、白い煙を吐き出した。